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初恋

  • 2021年6月21日
テレビ塔

初恋

江藤 直樹

 プロポーズするなら、この場所にしようとずっと昔から決めていた。名古屋のテレビ塔は1956年に竣工し、高さは180m、地上90mにスカイデッキがある。スカイデッキからは名古屋市街はもちろん、御岳山や乗鞍岳、中央アルプスを見ることができる。
 はじめてテレビ塔に登ったのは高校の時だった。仲が良かった友達たちと栄に遊びにきて、その場のノリで何となく登ったと記憶している。
 その日のことは一生忘れない。何故なら、僕はその時、はじめて好きな人が出来たからだ。彼女の笑顔は人を幸せにさせる、美しい笑顔だった。彼女が笑うだけで、自分も幸せになる。ならば、自分はずっと彼女を笑わせていたい。心から思った。

 僕は彼女を笑わせるために、あらゆる手段をとった。彼女が好きなものがあれば徹底的に調べたし、彼女が興味ある本があれば片っ端から読むことにした。
 彼女は文学部に進学し、僕は同じ大学の経済学部に進んだ。彼女が映画研究会に見学しにいくと聞いたときには僕も偶然を装って同じ上映会に参加した。
 映画はつまらなかった。でも上映会後の打ち上げで、彼女との距離はぐっと縮まった気がした。
 僕は映画研究会に所属し、彼女と過ごす時間は必然的に多くなった。大学の一年目は慌ただしく過ぎ、二年目になった時、僕ははじめて自分が書いた脚本を監督することになった。
 その脚本は名古屋のテレビ塔を舞台にした男女の恋愛物語だった。まるで自分の妄想の全てを注ぎ込んだ、未練たらしい男の物語だ。
 夏休みの全てを撮影や編集に費やして、何とか秋の学園祭の上映会に完成を間に合わせることができた。ありがたいことに周りの人たちの評判は上々だった。お世辞も多分にもあると思うが、僕はこの作品を完成させて心からよかったと思った。
 上映会の打ち上げの夜、二次会が終わった後、僕は彼女と二人きりになった。その頃には僕が彼女のことが好きだというのは周囲にバレバレで、誰かが気をつかってくれたのだろう。
 僕は彼女と一緒にテレビ塔に向かった。そこで高校の時からの思いを告白した。彼女は困ったような顔をして、少し涙を浮かべていた。ごめんなさい、実は好きな人がいるの。でも、気持ちは嬉しいありがとう。
 彼女は泣いていた。どんな時でも笑っていて欲しいというのは、自分のエゴだと始めて気がついた。
 そんな自分の恥ずかしさのせいもあり、しばらく映画研究会の活動会からは遠のいた。僕はいつまでも子どもで自分勝手な人間だった。それから彼女と会うことは暫くなかった。

 時が流れ、40歳になった頃のことだった。彼女は結婚し、幸せな家庭を築いていたのは知っていたが、ある日、彼女の旦那さんが不幸にも病気で亡くなったと聞いた。僕は何十年ぶりかに、彼女に連絡をしてみた。
 僕は最低だった。こういう時だから、また昔みたいに戻られるのではないかと思ったからだ。
 彼女とテレビ塔で待ち合わせして、近くの喫茶店でお茶を飲むことにした。数十年という時間がなかったかのように、思い出話に話が弾んだ。テレビ塔で撮った映画のことも話題にでた。別れ際に僕は彼女にもう一度会いたいと言った。散々悩んだ末に、せめてもの自分の想いの伝え方だった。
 彼女は困ったような顔をして、少し涙を浮かべていた。
「ごめんなさい」
 それ以上は何も言わなかった。

 どんな時でも彼女に笑っていて欲しいというのは本気だ。でも、僕はいつでも自分のことしか考えていなくて、結局、彼女を困らせていた。だから、僕はこれから二度と彼女と会うことはないだろう。いや、会うべきではない、心からそう思った。
 彼女の笑顔は人を幸せにさせた。美しい笑顔だった。彼女が笑うだけで、自分も幸せになった。ならば、自分はずっと彼女を笑わせていたい。今でも、心からそう思う。
 僕はもう彼女と二度と会うことは無い。恐らく、100年後も、ずっと。でも、誰かを思い続けることで成立する人生もある。愛し続けることが生きる支えであり、報われない愛でも幸せなのだ。そんな人生もある。
 幸せというのは、たぶん、そういうものなのだ。

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