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クリスタル広場
クリスタル広場の思い出
朗読:はまだきよ
  
劇団うりんこ

 栄地下のど真ん中にあるクリスタル広場。
 わたしは30年前、よくここを東から西へ往来した。バレエを習うためだ。
 中日ビルの脇の格安の駐車場に車を停めて、地下街の東の端から西の端へ行くためにここを通過するのだ。東の端から西の端は見えない。距離が遠いと言うこともあるのだが、途中にクリスタル広場が存在しているからだ。
30年間のクリスタル広場がどうであったかまったく記憶がない。わたしにとってはあくまでも通過点であったので、ここがどうであったのか、見ていても認識していなかったのであろう。おぼろげな記憶ではここは中間点ではなく、東西の2/3ぐらいのところにあったような気がする。
わたしは西の端から出たところの明治屋にあるバレエ団に通っていたので、このささやかな東西の旅路の後半にさしかかるところなのだ。わたしにとってそれは旅路の道程だけでなく、気持ちの変化がはじまるところなのである。つまり、バレエ団にどんな気持ちで通っていたのか。
 バレエを始めたのは、30歳少し前。友達の演劇をやってるやつが唐突にダンスを始めた。その発表会を観に行ったのだが、あんなやつにダンスが出来るなら、わたしにも出来るはずだ。なおかつ、ずっとスポーツをやって来たので、体力には自信がある。そうだ、どうせダンスをするならその原点はクラシックバレエだろう、とすぐに名古屋中のバレエ団を探して、一番名が通っていて、なおかつ立地条件がおしゃれなところが、そのバレエ団だったのである。加えてバレエなんて男はいないだろうから、重宝され、わがまま、融通がききそうだ、唐十郎さんみたいな片頬笑いを浮かべながら、その己の姿に陶酔していたのだ。
 最初にどんな気持ちでこのクリスタル広場を通過したのか憶えていない。ただ、行きと帰りは明らかに違っていたような気がする。
 そして、何度か東から西へ通るうちに明らかに気持ちは固まってきた。行きたくないな、と。ちょうどクリスタル広場あたりが悪魔の入口なのだ。ここを過ぎると、もうおまえは戻れない、帰り道のない片道キップなのだと悪魔のささやきがはじまるのだ。
 理由は実にはっきりしていて、バレエが下手だったのだ。こんなに下手だとは思わなかった。その場にいる誰よりも格段に下手なのだ。想像した通り、男はわたし一人で、それ故、重宝、わがまま、融通が利くという心を見透かされているようで、余計恥ずかしくてしょうがない。穴もなく、バーがあるだけなので隠れようもない。
 開き直って粛々とレッスンに通うのだが、そこは体が正直で、やはりクリスタル広場が鬼門なのだ。ここでヨーダのような怪物が待ち伏せて手招きしているのだ。
 先生は名古屋の草刈民代と言われる程、綺麗な方で、普段だったらそれだけで十分なのだろうが、何せそんな美人に呆れられる程、下手だったものだから、その美人ぶりさえもあざとく感じられた。
 どれだけ通ったのだろう。しかし、バレエは好きで良く観に行った。そのうちバレエ仲間が出来て、そいつのいるバレエ団に変わっていった。明治屋のバレエ団をどうやってやめたのか。
 そして、クリスタル広場も通ることもなくなった。もちろん、その後も何度か通ったのだろうが、あんなヨーダが出てくるクリスタル広場ではなくなっていたはずだ。
 何年か前、広場のオブジェが撤去されると聞いた時は、さすがに見に行った。そうか、ここから地上に出られるのだ。ここは栄のど真ん中、四方にある階段を上っていけば、どこもかしこも名古屋のど真ん中だ。ヨーダの呪縛から逃れるのは実に簡単なことだったのだと妙に気が晴れた。
 しかし、あの時のクリスタル広場は本当はどんな顔をしていたのだろう。もっとじっくり見ておけば良かったと体に薄ら寒い衝動が走る。そういえば、もう丸栄も明治屋もない。あの時の必須なアイテムが少しずつ取り除かれている。
 そうだ、今度は西から東へゆっくり歩いてみよう。

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青春

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