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あの日のプレゼント

  • 2020年8月07日
自転車と青空
あの日のプレゼント

 初めての北海道はひろかった。自転車のペダルをこいでも、こいでも、行きたい場所へはなかなか着かない。だけど、いつかは行きたい場所へたどり着く。

 三日目の朝、僕はアリスファームという牧場の売店にいた。時間が早いせいか、売店に客はほとんどいなかった。僕の他には、30代半ばくらいで細面で髭面の、ギタリストみたいな感じの父親と、坊主頭の2歳くらいの男の子がいただけだった。

 男の子が僕のそばに来て「ニコッ」と笑った。その笑顔にひかれて、僕は思わずカメラのシャッターを切った。もう1枚、と思ってフィルムを巻き上げようとした時、ギタリストみたいな父親が近づいてきた。

 僕は「怒られるかも」と思った。
「あ、あの、すみません、勝手に撮って」
「いや、いいよいいよ。いい表情を撮ったね。」
 “ギタリスト”はやわらかい口調で言った。
「一人?」
「はい」
「こっちは息子と二人旅。もう1カ月くらいになるかなぁ」
 と言って、男の子の頭を撫でた。男の子は、また「ニコッ」と笑った。
「離婚しちゃってね」
 離婚という言葉に少しだじろいだ僕は、「そうですか」としか答えられなかった。
 そんな僕に構わず、“ギタリスト”は続けた。
「北海道はいいよね。人が多すぎず、少なすぎず、人と人との距離がちょうどいい。だから、みんながやさしい気持ちになれる気がする」
「僕も、そう思います」
 
 つまずいて、仕事を辞めて、でも、だから、何かをしたくて自転車で旅を始めた。そんな僕の心に「人と人との距離がちょうどいい」という言葉が、静かに、深くしみこんだ。

「どこまで行くの?」
 と“ギタリスト”が訊いた。
「とりあえず富良野へ」
「そうか、…それなら、夕張のあたりを通ることになるかな」
「だと、思います」
「じゃあ、頼みたいことがあるんだけど」
「はぁ」
 
 僕は少し身構えた。普通、会ったばかりの相手に頼みごとをするだろうか?
 
 “ギタリスト”は続けた。
「ペコちゃんって言ってね、バイクに乗ってる女の子なんだけど、夕張の辺でコケて骨折っちゃってさ。今、入院中。だから、お見舞いに行ってあげてほしいんだ」
「僕が、ですか?」
「うん。でさ、病院の近くにスーパーがあるんだけど、そこで売ってる『まきば牛乳』ってやつを買ってってあげてくれるかな。うまいんだ、その牛乳」
「牛乳、ですか」
「ほら、ペコちゃん骨折してるし。あ、お金お金」
 “ギタリスト”は僕に千円札を握らせた。
「瓶入りのやつね。確か一本五百円くらいだと思う。残りは適当に何か買ってってあげて」
「は、はい」
「ペコちゃん、きっと喜ぶと思う」
 そう言って“ギタリスト”は病院名と病室番号を書いたメモを僕に手渡した。
「じゃあ、頼んだよ」
 
 僕は、会ったこともない女の子のお見舞いに行くことになってしまった。

「頼まれた以上行くしかない」僕は腹をくくった。
 
 ひたすらペダルをこいだ。こいで、こいで、こいで、こいで、ヘロヘロになって夕張にたどり着いたのは次の日のお昼近くだった。
 重い足を引きずるようにして、僕は病院の階段をあがった。そして、牛乳とみやげ物屋で見つくろったクッキーを手に、ペコちゃんがいるはずの病室のドアの前に立った。
 
 高鳴る心臓。ノックをする。

「どうぞ」
 
 僕は思い切ってドアを開けた。

「ぼ、ぼく、あの、ギタリストの人に言われて…」
「ギタリスト?」
「あ、ほら、こんな髭で、ほっそりしてて、2歳くらいのニコニコ笑う男の子と一緒の、」
「あ!祐二さんだ!」
「た、たぶん、で、牛乳買って、お見舞いに行ってくれって言われて、」
「え?え~!」
 
 ペコちゃんは本当にペコちゃんみたいな顔で笑った。

「知らない人のお見舞いに来てくれるなんてびっくりだよぉ!ありがと~!」
 
 それから、ペコちゃんと僕はたくさん話してたくさん笑った。
 
 生きていれば、たまにはこんな素敵なプレゼントを貰うこともある。
 今度は、僕が誰かにプレゼントを贈る番だ。

 僕はペダルをこぐ足に力を込めた。

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青春

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