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青の力

  • 2021年2月21日

青の力

加藤紀子

 ぼくは、母に連れられて広島から名古屋にやってきた。小学校4年生の時の話だ。母は父と笑ってわかれ、二度と会わないと言い切った。ぼくに「ごめんね」と謝った。大人の事情だからと、かんたんに片づけられた。こういうとき、犠牲になるのはいつの時代も子どもだ。
 ぼくは学校になじめなかった。母は「じきになれるわよ」といった。母の人生は一直線。ぶれがない。母は、新しい仕事をみつけて精力的に活動をはじめた。でも、ぼくはそうはいかなかった。慣れるどころか、ぼくは窮地においこめられていた。どんどん事態は悪くなり、いじめられた。暴力的なそれではない。無視、という陰湿ないじめだった。たちが悪いのだ。
 朝、学校に行くのはつらかった。でも、母を心配させたくなくて、ドアをあける。マンションのドアは重い。心が重いとそれはなおさら重みを増す。ちょうど、となりの浅井唯がでてきた。ぼくのクラスの女子だ。目があった。ちょっとだけ沈黙。左目に泣きぼくろがある。かわいい子だ。おとなしいぼくは恥ずかしくて彼女を直視できない。
 浅井唯はさっぱりした性格らしかった。「おはよう」と笑いかける。ぼくは、下を向く。浅井唯は「さあ、いっしょに行こうか」と、言ってくれる。ありがたい。
 歩き出すと、後方でドアがあいた。母が「翔太、忘れ物!」と赤いキャップを投げてよこした。
 歩きながら、浅井唯が言った。
 「男子が翔太くんを無視している?」
 「かあさんには言わないで」
 「なんで、男子はそんな意地悪するんだろうね」
 「ぼくにはおとうさんがいないから仕方ないよ」
 浅井唯は「え?」と聞き返した。そして浅井唯はささやいた。
 「それなら……わたしにもおとうさんはいない」
 「外国に駐在しているんだろ?ぼくとは状況がちがう」
 浅井唯の泣きぼくろが膨らんだ。そしてペロンと舌をだした。
 「あれ?その話、信じているの?」
 ぼくは言葉につまった。え、どういうこと?え、そういうこと?話題を変えなくちゃ。
 「いいだろ、このキャップ。おとうさんがくれた。ぼくを守ってくれる。お守りだな。だからご心配なく」
 浅井唯はうでを組んでぼくをみた。
 「それが原因かもよ」
 次の日、浅井唯が、青いキャップをくれた。
 「お兄ちゃん、たくさん持っているのよね。おひとつどうぞって」
 ドラゴンズの帽子だった。
 浅井唯は「生きていく上には、許されるのよ」とぼくの赤いキャップをとりあげ、かわりにむりやりそれをかぶせた。
 それからいじめがパタッと止まった。ぼくには、ひとり、またひとりと友だちがふえていった。
 ぼくは東京の大学に進み、東京で教員になった。母の具合が悪くなったので名古屋に戻ることにした。20年ぶりの名古屋だ。そして5年生の担任を与えられた。
 「きょうからきみたちの担任です。ぼくは3月まで東京にいました」
 「東京かあ」と教室がざわついた。いやいや、昔は名古屋に住んでいたのにな。
 「ぼくの名前は……」
 と、言いながら大きな文字を黒板にかく。
 「タカギモリミチ?」
 一番後ろの男子が文字を追う。その横の男子が問いかける。
 「同姓同名?」
 ふたりは顔を見合わせた。ぼくはふたり同時に釣り上げたとほくそ笑んだ。作戦開始だ。
 ぼくは、はっと驚いた顔を作った。そしてぼくは大げさに笑った。もちろん作り笑い。
 「緊張して間違えてしまった。ぼくの名前は……」
 といいながら、「大曾根翔太」と書き直した。
 ふたりの男子は、「まじか」と立ち上がり、椅子の上に崩れ落ちた。
 前の席の女の子が、やったね、と親指をたてぼくに笑いかけた。左目に泣きぼくろがある。その泣きぼくろが膨らんだ。浅井唯?ぼくは、まっすぐにその子をみた。見ることができた!
 ぼくのニックネームは「モリミチ」となり、おかげさまで教室にすぐになじんでいった。

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