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公園のベンチ
僕が彼女に恋をした話
朗読:平野萩
  
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 人並みに誰かを愛することなんて、僕には許されていなかったのさ。今から話すのは、そんな僕の、実るはずもない初恋の話だ。

 その日僕は近所の公園のベンチに座っていてね、陽射しがぽかぽかと暖かくて、うたた寝をするにはもってこいの日だった。すう、すうって呼吸を整えて眠りにつこうとした時にね、ふいに頭上から声をかけられたんだ。「気持ち良さそうですね」って。見ると真っ白な肌の、女の人が目の前に立っていたんだ。歳は二十くらいかな、大きな瞳と艶がかった長い髪が特徴的な、なんとも可愛らしい子だったよ。
 僕が何も言えずに固まっていると、彼女は「隣、いいですか」なんてきいてきて、そのくせ返事も聞かずに横に座ったんだ。随分と自由気ままな人でね、それが彼女の第一印象だった。
 少しの沈黙があった。でも不思議と気まずさはなかったな。彼女もこの陽気をただ浴びに来ただけだったのか、僕らの間にはゆっくりとした、穏やかな時間が流れていたんだ。
 なんとなく彼女に悪いような気がして、僕はベンチを離れようと席をたったのさ。すると彼女は残念そうに「あっ」って声を発して、「また明日も来てくれますか?」なんてきくんだ。明日のことなんて考えたこともない僕は、適当な返事をしてその場を去っていったな。
 翌日、僕が公園に行くと、すでに彼女はあのベンチに座って僕を待っていたんだ。「また会いましたね」なんて、わざとらしい笑顔を僕に向けた。僕は彼女の隣に座ってひなたぼっこを楽しんで、時々おしゃべりな彼女の話に耳を傾けた。
 そんな日々がしばらく続いたんだ。
 彼女と会うたび、話すたびに僕は彼女に惹かれていった。彼女は時々学校の話をするんだけれど、会話の節々から彼女の人のよさがにじみ出ているようで、話を聞いているだけで胸のうちからじんわりと温かいものが流れ出してくるんだ。
 それでも僕だって、まるっきり暇な奴ってわけでもなかったからさ、時には公園に行かない日もあった。でもそんな時、いつも考えるのは彼女のことばかりなんだ。今日も彼女はあのベンチで僕を待っているのかな、なんて思うと、すぐにでも公園へ駆け寄っていって、あの穏やかな時間を堪能したくなるんだ。
 そして、この気持ちが恋なんだって思い知ったんだ。彼女に会えない時間はすごく辛いものだった。彼女と出会う前の僕だってひとりぼっちで生きていたはずなのに、彼女に出会ってから、あの頃以上に僕は独りぼっちになった。夜、目を閉じると、彼女の優しく垂れた眉毛や、緩やかなカーブを描いた大きな口、ぱっくりと開いた黒い目が、鮮明に思い出される。それがどうしようもなくもどかしくて、目を開けるとそこには真っ暗闇と、その中にぽつんとたたずんでいる僕がいるだけなんだ。恋がこんなに辛いものなんて、僕は知らなかったよ。
 そんな夜を経た次の日。その日は雨が降っていたんだけれど、僕は彼女に会いたくて仕方がなかったんだ。雨を凌ぐ手段なんて持ち合わせていなかったけれど、僕はとにかく公園へ走っていったんだ。よくよく考えれば、僕も彼女もひなたぼっこをしに公園に行っていたんだから、こんな大雨の日にベンチで彼女が座っているなんて、あり得るはずはなかったんだけれどね。
 案の定というか、彼女は公園にいなかった。僕は何度も園内を見回して、彼女がそこにいないことを確認すると、今まで何をしていたんだろうって気持ちになったんだ。雨が僕を冷静にさせたのかな。どうせ僕は、人並みの恋なんて許されていないんだって思い出したんだ。
「やっぱり、来ていると思いました」
 弾んだ声が後ろから聞こえてきた。驚いて振り返ると、傘をさした彼女がそこに立っていたんだ。
「風邪、ひいちゃいますよ」彼女は僕を傘の中に入れた。僕は会えたことが嬉しくて、彼女の足に縋りついた。
「私の家に行きますか?」僕はひょいと身体を抱き上げられて、そのまま彼女の家に連れていかれたんだ。

 人並みの恋なんて、僕には許されていなかった。
 でも、そんなの関係ない。
 だってこれは、黒猫の僕が、人間の彼女に恋をした話なんだからさ。

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