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プラネタリウムの夢

  • 2021年1月22日
プラネタリウム

プラネタリウムの夢

桐生梓

 

 小学五年生だった。名古屋市の科学館が主催の天文クラブに入っていた。一ヶ月に一度、プラネタリウムを無料で見せてくれる。そこで知り合ったのが明子ちゃんだ。席が隣になったのがきっかけ。それから毎月、明子ちゃんと会うようになった。
 リクライニングシートを倒すと、頭上に満面の星空が広がる。その瞬間が大好きだった。プラネタリウムの説明をする係の人は、その昔ギリシャの人が星と星を結んで神話に当てはめたように、定規を当てはめて、矢印マークで星を教えてくれる。
「これが、さそり座のひときわ輝きの大きい星アンタレス。覚え方は、あんた誰です、アンタレス」
 毎度この調子だ。プラネタリウムで過ごす時間はあっという間だった。
「私、ナサに行く!」
 ある日、明子ちゃんが突然言い出した。何のことだかさっぱりわからない。明子ちゃんによると、NASAというアメリカの宇宙研究所らしい。明子ちゃんはプラネタリウムに夢中になるあまり、色々調べて、NASAという存在に到達したのだ。
「なんで日本じゃいけないの」
「だって、アメリカの方が研究が進んでいるんだもの。月にも行ったじゃない」
 なるほど。
「NASAに入るにはどうするの」
 明子ちゃんは、ここで言葉に詰まった。
「わからない。勉強するしかない、と思う」
 自信なさげに明子ちゃんは言った。

 天文クラブは一年で終わったが、明子ちゃんとは毎月のプラネタリウムの催しに通い続けた。明子ちゃんは『宇宙大作戦』というアメリカのSFドラマの再放送を観ていた。遙か未来に、人類が宇宙船で色々な星を探訪するというドラマだった。
「宇宙には、沢山の人がいるんだ。会ってみたい」
 明子ちゃんは、陶酔していた。明子ちゃんは、星の本をたくさん買っていたし、中学に入った時に天体望遠鏡まで買って貰った。多分、プラネタリウムには、もう明子ちゃんの勉強することはなかったんじゃないだろうか。でも、プラネタリウムの星空は、明子ちゃんの憧れであり続けた。

中学三年の夏休み。明子ちゃんのお父さんが癌で亡くなった。私は母とお葬式に行った。明子ちゃんとお母さんが泣いていた姿が見えた。受験生でもあったし、それから明子ちゃんにプラネタリウムに誘われることもなくなった。文通はしていたけれど、今思えば、明子ちゃんのお父さんのお葬式が明子ちゃんを見た最後だった。
やがて文通も途絶え、明子ちゃんとは年賀状だけの付き合いになった。時々、星空を見ると明子ちゃんのことを思い出す。きっとNASAへ行く勉強を続けているんだろうな。

 大学受験の時、明子ちゃんはNASAに行くために理系の大学に行くに違いないと私は思っていた。しかし、実際には高卒で就職した。明子ちゃんの家は母子家庭だから大学進学が難しいのかもね、と私の母は言っていた。その後も、結局NASAへは行かなかった。何年か後に、ごく普通の結婚をした。すべて年賀状の近況で知るのみだった。でも、結婚しました葉書に写っていた明子ちゃんは、とても幸せそうだったから、NASAに行かなくても幸せだったのだろう。

五十路を超えた年の十一月に、一通の喪中葉書が届いた。そこには、明子ちゃんが五月に永眠したとご主人の名前で書いてあった。
「嘘だっ」
思わず、私は叫んだ。まだ五十歳じゃないの。死ぬような年じゃない。明子ちゃん、何があったの。NASAに行くって言ってたじゃない。長生きすれば、宇宙旅行が出来るようになったもしれないのに。私の頬を涙が伝う。長く会っていなくても、明子ちゃんは私の最も古い友達だったのだ。しばらく悩んだが、私は明子ちゃんのご主人にスマホで電話した。癌だった。見つかった時はもう手遅れだったそうだ。

スマホを握りしめたまま外に出る。都会では星はほとんど見られない。でも、ひときわ明るさを放つ星が一つあった。明子ちゃんだ! 明子ちゃんはNASAには行けなかったけれど、自分自身がお星様になったんだ。明子ちゃんが行くところは、宇宙しかないもの。
「おーい、明子ちゃん!」
 私は夜空に向かって手を振った。

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