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ウミ

  • 2020年8月26日

 

ウミ

凛娘゛

朗読:川本麻里那(劇団あおきりみかん)

「今月いっぱいで辞めてもらいたい。」
 突然の宣告だった。なんとなく決めた、ガールズバーのバイト。特別熱心に営業をしていたわけではないけど、私なりに一生懸命働いてきたつもりだった。働いて3年目になろうとしていた。私は「わかりました。」とだけ言って、今日の分の給料を受け取り、店を出た。
「今月いっぱい…。」
私は、真っ直ぐ家に帰る気分ではなかったので、近くの公園に入った。夜の公園は少し怖い。でも私は、人気のなくなってしまったこの時間の公園が、嫌いではない。私は、入ってすぐ手前にあるベンチに座る。
 短大を卒業して、何となく就職した先はパワハラに耐えきれず、2カ月で辞めた。そして、ガールズバーで働きはじめた。私はお酒が苦手だし、おしゃべり上手でもないけれど、容姿がまあまあ良かった。だから、笑顔で話を聞いているだけでおじさんたちは喜んで帰っていった。私を指名してくれるお客さんもできた。友達もいなかったけど、そこそこ楽しい日々だった。
「ニャァ。」
 気が付くと、目の前に黒猫がいた。少し汚れている。
「野良猫?」
 黒猫はまたニャァと言って、私の足元に来て体をこすりつけてきた。私は首元を撫でてやった。
「キミ、ひとりなの。」
 私もひとり。少し前に彼氏に浮気されて、別れたばかりだった。久しぶりに、彼の好きなシュークリームを買って家に行くと、彼女がいた。浮気相手は、私がこっちに来てから仲良くしていた友達。要領のいい器用な子だった。自分が得する相手についていって、そうでないと容赦なく切り捨てる。でも私は、そんなさっぱりした彼女が嫌いでなくて、居心地が良かった。私には持っていないものを持つ彼女は、私の憧れだった。そんな彼女だから、悔しいが男を取られても仕方ない。1年くらい付き合っていたけど、案外ショックを受けなかった。幸いにも、彼の家にはたまに行く程度だったので、そのまま家を出た。
 一気に恋人も友達も失ってしまって、仕事もなくなる。本当にひとりぼっち。
 黒猫はベンチに飛び乗って、私の膝で丸くなった。11月の夜。
「寒いよね…。」
 私は黒猫を撫でながら、自分も少しマフラーに顔を埋めた。
「あ、ウミ…。」
 私は、おばあちゃんの家にいた猫を思い出した。この子みたいに黒い猫で、海でミーミー鳴いていたから、ウミ。見つけた時は、まだ目のあいたばかりの子猫だったらしい。私はおばあちゃんが大好きで、夏休みはほぼおばあちゃんの家にいた。私とウミのはじめましては、もうウミが子猫らしくなってきた頃だった。ジグソーパズルをするおばあちゃんの横でヨチヨチ歩くウミを、私は1日中見ていた。
 中学生になると、部活をやり始めたのと、反抗期が始まったのとで、おばあちゃんの家に行くことが減っていった。高校生になって、夏休みは友達と遊ぶようになった。大学生の時に地元を離れたから、もう10年以上おばあちゃんに会っていない。

「おばあちゃん、元気かな。」

 その時、急に黒猫が顔をこっちに向けた。そして、ひょいっとジャンプして膝からおりて、私の前を数歩歩く。黒猫が振り返る。まるで「ついてこい。」と言っているよう。
「ウミ…?」
 私が立ち上がると、黒猫は歩き始めた。私は後をつけてみることにした。
 公園をどんどん奥に進んでいく。風で揺れる、ブランコの隣にある階段を上る。すると、少しひらけたところに出た。ベンチが2つある、ちょっとしたスペース。周りは木に囲まれている。多分桜の木。電灯もなくて、辺りは真っ暗。黒猫はベンチに飛び乗る。私も隣に座る。黒猫が寝転んで体を伸ばした。
「いいな。私も。」
猫の真似をして、私も伸びをした。

「わ…。」
きれい…。

空いっぱいに星が輝いていた。おばあちゃんともよく一緒に星をみていた。小さい頃はよくおんぶされて、私が寝るまで歌をいっぱい歌ってくれた。ウミと遊びながら、おばあちゃんとジグソーパズルで遊んだ。

 明日、おばあちゃんに会いに行こう。

 「ありがとう、黒猫ちゃん。」
 そう言って隣を見ると、もうそこに黒猫の姿はなかった。

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