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チック・タック

  • 2020年9月22日
時計
チック・タック

 ある日突然、
「君は楽だよな。一時間に少しだけ動けばいい」と、タックが言った。チックは驚いて言い返す。
「何だよ、いきなり。目の覚めたような事を言って」
「気付いたんだよ、今になってさ」
 タックは長針、チックは短針。柱時計のアナログの盤面が仕事場で、チックは一日二回りで終わるのに、タックは24回もぐるぐる回らなければ仕事はすまない。それに気付いて文句を言った。
「役割を一日ごとで、変わることは出来ないかな」
「無理だよ。元々の仕組みだから、うん、じゃあこうしようぜ」
 チックの提案で、針の動きを止める事にした。不公平ではないが、それはつまり故障である。
「おかしいわねえ、遂に寿命が来たのかしら」
 忙しい朝の出勤前に、パパとママが困ってしまった。それで、ママが時計屋さんへ持って行くと、一見したそこの主人が、
「よくまあこんな古い物をお使いで」と珍しがりながら、
「買い換えた方が安いですよ」と新品を勧める。
 チックとタックは驚いた。『買い換えって?』
「でもね、夫婦の思い出なのよ。子供達もこれで育っていったわけだから、直したくて持って来たのよね」と、ママはねばった。
 店の壁一面には新しい時計がたくさん揃っている。
「ここの時計たち、皆同じ時刻ばかり」
「そうです。今はクオーツばやりで、日本標準時を指すようになってますから、楽ですよ」
 チックとタックは慌てて時刻を合わせようと焦った。
「おや、少し動きましたね」と、主人は針のふれに気を向けて、
「とりあえず、やって見ますか」と、ママに告げた。
 試してみる話になって、チックとタックはホッと心を休めてママを見送った。捨てられずに済んだのだ。
 修理に挑んだ主人が手を休めて「あっ」と叫んだ。チックとタックの位置が反対で、分を刻むのがチック、時間の方がタックで
「間違えた」と言いながら、面白そうに新盤面を見ている。
「冗談じゃない。目が回る」とチックは揺らぎ、タックの方は、
「こんな遅いとはじれったい」と文句を垂れている。希望と現実に大きな隔たりがあったと知らされて、戻して欲しい。
「これは面白い」と、主人は見ている。
「面白くない!」と、チックを羨んでいたタックは動きの遅さに滅って、それで再び動きを止めた。
「ん?また止まったか。やはりオンボロだ」と、主人は修理を諦めて元に戻すと、受け取りにきたママに、
「無駄なようでした」と、新品を勧めたのだった。
 オンボロでも記念だからと持ち帰ったママは、パパと相談して片隅にインテリアとしてそれを掛け、クオーツを柱に掛けた。チックとタックはとりあえず助かった上に、働かなくてもいい。
 しばらくしてパパが言った。
「新しいのは、静かで正確なのだが、狂いのないというのもつまらない。うちの時計くらい自分で合わせたいものだ」
 分からないけれど、ムラがあった方がいいのだという。正刻に合わせるより、家では自由な自分がいいのだと、変な理屈で、アナログが元に戻される事になった。ズレこそ妙理なのだという。
「動くのかしら?」と、ママが怪訝にゼンマイを巻いてみると、
「動いた!」のだ。チックとタックは動いたのだ。そして何だか自分たちも嬉しくなっていた。なぜかというと、チックタックお互い気ままに、動いたり止まったりする事ができるからで、家族も壊れている事を承知の上だから。
 日曜ともなると、全く気ままに針を定めて暮らしている。
「今何時?」「そうね、大惨事」とか。
 そんなある日、突然襲った地震で、柱時計は落ちてしまった。同時に内部の歯車が欠けて、針が動かなくなった。万事休す。チックとタックはそれまでだった。
 パパとママは無事で、見舞いに駆けつけた子供達がホッとした傍らで、落ちて壊れた柱時計を懐かしそうに見ていたが、一人が、文字盤を指差して言った。
「ほらこれ、時間が止まって残ってるよ」と。
 それは、チックとタックの最後の仕事だった。    

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コメント

  • ちょうど、良い長さで聞くことができた。それに、色々考えさせられ、おもしろかった。朗読も上手だったので、本当に良かった。
    理屈っぽくなくて、それでいて、なんとなく人間の暖かさを感じることができた。

    伊藤孝道 返信
  • 時計の短針と長針が入れ替わるって面白い視点ですねえ。

    そうなったら世の中の時空が全部ゆがんじゃって、それで新しい世界が出現しちゃうのかしら

    なんて、思って読みすすんだら、ありゃ、
    壊れたかと思われて捨てられちゃうところだったのね。

    結局,地震で落ちて壊れて最後を迎えるというのは
    つまり、人生をなぞらえたものなわけですね。

    前田さんらしい、独特の視点の作品ですね。

    楽しませて頂きました。

    ありがとうございました

    鈴木譲治 返信
  • とても懐かしい気持ちになりました。
    家族の風景を思い出し、感動しながら温まりました。何度も読み返してしまいます。

    平井えみこ 返信
  • はじめは時計の長針と短針をモチーフにした童話調の読みやすいお話かと思いましたが、読み進めていくうちに、そこに込められたテーマ性に良い意味で裏切られた思いでした。ありがとうございました🙏

    荒山信 返信
  • 話の流れてが読み手の感情を揺さぶる作品でした。
    童話のようであり、またチックとタックの掛け合いが漫才のようであり、しかし物語の最後は読み手の心がグッと詰まり涙が出そうになりました。
    読み手の喜怒哀楽を刺激してくれる素晴らしい作品でした。
    感動を与えてくださり、ありがとうございました。

    坪井理恵 返信

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