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柳橋中央卸売市場
歳末柳橋戦争
朗読:末吉康治
  
劇団劇座

 十二月三十日。午前六時。名古屋駅から徒歩十分の柳橋中央卸売市場、マルナカショッピングセンターの中は、殺気をはらんだ喧騒に満ちていた。
 まだ陽も昇らぬ時間だというのに、ショッピングセンターの通路は買い物客で溢れかえっていた。毎年、有名玉子焼き屋「右大臣」には長蛇の列ができる。
 マグロ屋の「大伸」だって負けてはいない。一万円もするマグロをみんな目を血走らせながら買っていく。
 エビを買うなら「丸十」。昆布と鰹節は「ボニト」。柳橋に来れば大概のものは売っている……はずだった。年々お客も店も減っている。
 マルナカの隣にたっていた水産ビルが取り壊されたことが大きかった。かなりの数の卸売り業者がビルの取り壊しとともに姿を消した。
 ほんの数十年前までは、年末は市場で買い物をするのが当たり前だった。正月に必要なブリ、カズノコ、タツクリなどなど、市場に行けば何でも手に入ったし、モノもよかった。そもそも市場でしか買えない食品がたくさんあった。しかし、時代は変わっていった。年末年始でもスーパーが開いているようになり、スーパーで買えないものなどなくなった。核家族化で食材を買う量も減った。
 もはやブリを一匹買って、正月の三が日かけて食べる大家族などない。
 それでも、年末の市場の活気というのはすごい。
 一度でも足を踏み入れれば、そこは別世界だ。
 普段、目にすることができない魚たちは鮮度抜群。どんな魚だってスーパーで買うよりも断然うまい。各店、生き残りをかけて小売りをするようになり、昔は細かく切ってくれなかったけど、そういったサービスもしてくれるようになった。
 マルナカショッピングセンター入口にある「魚七水産」のまな板の前に立ちながら、行きかうお客さんたちを眺める。
 皆、楽しそうだ。両手いっぱいに買い物袋を下げてあるく人々。圧倒的に家族連れが多いが、ほとんどはおじいちゃんに無理やり連れてこられたのだろう。老人は市場に慣れているが、若い人はやはり市場の猥雑な空気が苦手のようだ。そもそも朝の六時から買い物なんて、若い子には信じられないことだろう。
 市場の買い物はアジア的な気合いの世界。順番待ちなどもない。デカい声を張り上げ、店員を呼びつけないといけないし、逆にぼんやり立っていると、「買ってくれー」と袖を引かれる。
 それが面白いのに……まあ、時代に合わないのはわかるけどさ。
 ここ魚七水産に勤めて十年。卸売市場というものが斜陽産業であることは痛感している。年々暇になるばかりでいい話などない。
 昔に戻れるわけではないことを理解しつつも、あの頃の活気が戻ってくる日を願わずにはいられない。ぼんやりとしながらも、道行くお客に声を張り上げていると、
「おう、ブリ売ってくれ」
 目の前に、初老の男性が立っていた。
「ブリを半身くれ」
「まいど! どうしますか?」
「半分刺身で、半分切り身にしてくれ。毎年そうしてもらっとる」
「わかりました。すぐやりますんで、ちょっと待ってくださいね」 
 男性の隣には品のよさそうな奥さんが微笑んでいる。ブリを切っている間に番台で会計を済ませてもらう。
 まな板の上に並んでいるブリから一番よさそうなものを選ぶ。
 カマを落とし、腹骨をすく。中骨の部分を切り、背を切り身に、腹は刺身用に皮をひく。
「もう、十年以上、毎年年末はここでブリを買ってるんだ。ここでブリを買わんかったら、家は正月を迎えられんからな。はははは」
 初老の男性は豪快に笑った。隣の奥さんもつられて笑う。どうりで、どこかで見たことがあると思った。
「毎年、ありがとうございます。また来年もお待ちしてます」
 蝋紙に包んだブリをビニール袋に入れて渡す。「生きとったら来年も必ず来るでな」と、老人特有のブラックジョークを言いながら人込みの中に消えていった。
 消えつつある産業でも必要としてくれる人がいるのだ。その人がひとりでもいる限り、やり続けていこう。そう強く思った。
 顔をあげ、今日一番の大声を張り上げる。
「さあ、いらっしゃいいらっしゃい! ブリが安いよ!」

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ヒューマンドラマ

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