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水の宇宙船

  • 2020年9月01日

 

水の宇宙船

朗読: なかむらさりあ(総合劇集団 俳優館)

今日も僕はここに座っている。ここは宇宙船、僕の好きな場所だ。宇宙船の端っこに腰掛け、流れる水の音を感じながら空の星たちを見上げパソコンの画面を開く。

夜空に浮かぶ星は綺麗に見える。星は夜にしか見えない。日中は全てを眩しい太陽に照らされてしまうから。僕は夜に生きている星の一つだ。そのなかでも寂しいちっぽけな星。本当は日中に生きていたい。でもなかなか生きられない。生きてみても見えるか見えないかくらいの真昼の月だ。
僕はこの人生に闇の中の光とタイトルをつける。なんだかそう書いてしまえば綺麗に見えそうだから。でも実際はただ暗い場所にぽつんといるだけで、僕が放つ光は綺麗に見えないかもしれない。それに闇の中から抜け出すことだって容易ではない。僕は過去に傷をいくつか負った星だ。大きい傷が一個と無数の擦り傷。あのとき一度は光が消えてしまうと悟った。でも光は点滅を繰り返したあとでまたついた。なぜあの時消えてしまわなかったんだろうと思う。言うなれば豆電球のフィラメントを切られかけたのに、僕はまだ光っていて。僕の光とは一体なんなんだ。僕の光は何を成しているのか。この人生を僕の光で生きていけるのか。暗闇に消えてしまいそうな光を抱えて、日々をただ過ごすことにいつか無気力になった。迷子になった僕はあの日、夜空に浮かぶ星を見上げた。

ここまで描いて僕はそっとパソコンを閉じる。時計を見るともうじき午後9時、今日もそろそろ宇宙船から帰る時間だ。船の中をゆらゆらと漂う水の音にいつも名残惜しさを感じながら腰を上げる。水の波紋は僕の心のようだ。仕事が早く終わったとき、気づけばここに足が向かっている。僕はこの街で光と闇を見た。見上げた夜空はいつも違って見えるから不思議だった。宇宙船からは星たちもなんだか特別に見えて、自分がちっぽけなのに大切な人間になった気がしていた。だからこの場所と、ここから見上げる夜空が好きになった。僕はいつからか自分が小さくなったような、どうにも光度の低い人間になったような気がしていた。そんな僕が誘い込まれたのがここ、下から見上げると水の流動的な美しさに見とれてしまうこの宇宙船だった。今日もいつも通り宇宙船から降りて帰ろうとして足が止まった。まだこの空間にいたい。そう強く思って近くのベンチに腰掛けた。なんだか描いてしまいたい。そう思って僕はパソコンを開く。

夜空に浮かぶ星は綺麗に見える。日中ギラギラと燃え盛る太陽も眩しいけれど。輝きというものは過去に負った傷こそが今ある光を磨いてくれるのだと。辛い傷を負ったものこそ美しい光を放っているのだと。闇の中の光はきっと美しいと。
よく映画のキャッチコピーで耳にする、痛いほどに眩しい青春、などで想像されるのが真っ直ぐ突き刺さるレーザー光線なら、それが四方八方に割れて広がるのが傷を負った光だ。僕の生きる世界の至る所に存在するたくさんの光、ああとても眩しい。眩しいならドアを閉めてしまえと思うのに、いつもほんの少しだけ開けてその光を浴びてしまうのが僕だ。きっと僕は光に惹かれて苛まれて翻弄されて、消えそうになりながらも光っているのだ。夜空に堂々と浮かんで、みんなを見守る余裕のあるシリウスのような一等星になれる自信はない。それでも、微かな光でも六等星でもどこかで誰かが気づいてくれるくらいの星にはなれるかもしれないと、少しは自分を信じてあげて、光り続けようかと思う。光に魅了された僕は実は光に飼いならされているのかもしれない。まるで光に恋をしたように。でも、僕の生きる世界が星の見える世界で良かった。

ちょっとロマンチックすぎたかなと画面を見て頭をかいた。でも僕はなんだか満たされたような、幸福に近い感情に包まれた。僕がこの宇宙船で星と出会い、光に憧れ、自分を想った夜をここに切り取れたなら、すごくフォトジェニックなものになりそうだなんて。そんなことを考えながらパソコンを鞄にしまった。今日の夜空は忘れないだろう。そしてこれから先も足の赴くまま、この宇宙船で僕は夜空の旅に出ようと思う。

※水の宇宙船はオアシス21のものを指しています。

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