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水族館の大水槽
海の仲間たち
朗読:浦麗
  
(オレンヂスタ )

 娘が水族館に行きたいと言った。
「よーし、じゃあ、今から行こう!」
 夫は張り切って車を出す。
「ママも水族館大好きなんだよなあ」
 夫は結婚する前のことを言いだした。
 わたしたちはいつも水族館で会っていたのだ。
 ペンギンたちの前、いわしたちの群れのトンネル、そしてウミガメの水槽の前。
 毎回、場所は変わったけれど、全部名古屋港水族館のなかだった。
 そして、水族館で会って、水族館で別れた。
 夫は最初は不思議がっていたけれど、そのうち、それを楽しむようになった。わたしはそれがうれしかった。
 わたしはそのころを思い出し、ふと歌う。
 すごく上手に歌ってるつもりだったのに、
「ママー、音痴なんだから、歌を歌わないでよー」
娘に言われた。
 夫は運転しながら笑っている。
「ママはむかし歌が上手だったんだけどなあ」
 夫が言った。
 そうなのだ。
 わたしは歌が上手だった。
 コンクールで一位を取ったこともある。
 でも、結婚をして下手になってしまった。
「歌声を誰かに盗まれちゃったんだよ」
 夫が娘に言うのを聞いて、ハッとする。
 ううん、そんなわけない。夫は知らないはずだ。

 駐車場に着いて、車の外に出る。
 潮の香り。懐かしい香りだ。
 わたしは目をつぶってうんと息を吸う。
 水族館に入ると、青い世界が広がっている。たくさんの海水と海の仲間たち。
 わたしに気づいたバンドウイルカが話しかける。
「ひさしぶり。元気だった?」
「ええ、とても」
 わたしは心の中で答える。
「その子は、あなたの子?」
 バンドウイルカが見ているのは、娘の七海だ。
「そう。七つの海と書いてななみって言うのよ」
 わたしは言った。ぎゅっと娘の手を握る。
「すてきな名前ね」
 バンドウイルカはそう言って、水槽のなかをくるりくるりと泳いだ。

 ベルーガや結婚式のときのライスシャワーのようなマイワシたち、赤道の海の魚たちもわたしのことが分かるみたい。わたしのことを不思議そうに見つめている。
 わたしはそんな魚たちに挨拶するように見つめ返す。
「ほら、七海よりママのほうが夢中になってる」
 コソッと夫が娘に言っているのが聞こえた。

 イルカのショーを見終わった後、
「ぼくたちはフードテラスでちょっと休んでるから、気がすむまで見ておいで。本当に久々だもんな」
と夫が言った。娘もにこにこ笑っている。
「わたし、ソフトクリーム食べたい!」
 ふたりは手をつないでエスカレーターをのぼっていく。
 その後ろ姿を見ながら、わたしは幸せだなと改めて思った。
 そして、わたしは目の前のウミガメの水槽を見る。
 水槽の奥から一匹のウミガメがこっちに向かって泳いでくるのが分かった。
 そのウミガメはわたしの前まで来ると、
「お久しぶりです。お幸せそうでなによりです」
と言った。
「あの海の魔女は元気?」
 わたしはウミガメに聞いた。
「元気ですとも。もうゆうに三百歳は越してますけど、ちっとも死にそうにありません」
 ウミガメは笑う。
「歌は上手になったのかしら?」
 わたしはクスッと笑って聞いた。
「ええ、おかげさまで。やはり全国人魚歌声コンクールで優勝した歌声は違うと毎日言ってます」
「そう、よかったわ。あの魔女はいい魔女ね。わたしの歌声と引きかえにわたしを人魚から人間にしてくれた」
 わたしはガラス越しにウミガメの手を取った。
 でも、それはむかしと違って、ガラスをすり抜けて本当に手を取ることはできなかった。
「まあ、いい魔女かどうかは分かりませんが、毎日海の底でコンサートをしてますよ」
 ウミガメはうんざりしたように言った。
「あ、飼育員が来た。見つからないうちに海の底に帰るとします」
 ウミガメはそう言うと、水槽の奥に向かって泳ぎ、そして消えた。

「ママー、ソフトクリームおいしかったよ」
 娘がうれしそうに言っている。
 水族館の外に出ると、やっぱり海の香りがした。
 そして、海の底から歌声が聞こえてくる気がした。
 わたしが人魚だったときとそっくりな歌声が。

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