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街なかのタクシー
そうだ。タクシーに乗ろう!
朗読:田内康介
  
オイスターズ

 私はタクシーに乗り、行き先を告げる。運転手の名前に見覚えがあった。
「もしかして、タケシか?」
と聞いてみた。
「やっぱりそうだよな」
と運転手が笑顔でこちらを向いた。

 東京から出張で実家近くの名古屋に来ていた。今日の仕事が思いのほか早く終了し、金曜だったので実家に泊まっていこうと考えたのである。駅から実家までは車で約20分。電話すれば父か母が迎えに来てくれるだろう。だが驚かせてやろうと実家には連絡せずなんとなくタクシーに乗った。
 運転手は同級生のタケシだった。タケシは小学校、中学校と同じクラス。懐かしい再会である。実家まで昔の話で盛り上がった。

「久しぶりだよな」
タケシが嬉しそうに話し始めた。
タケシは小学校から成績優秀だった。クラスの中で成績はいつもトップ。私は、宿題を忘れるとよく見せてもらっていた。学校帰りには毎日一緒に遊んだ。夏休みになると盆踊りや誕生日にはお互いの家に泊まったりした。
 タケシはその後、県下でも有数の進学校へと進み、東京の有名私立大学に入学した。卒業後は製薬会社へ就職し、営業成績を残し順調に昇進していった。綺麗な女性と社内結婚し都心の一等地にタワーマンションを購入。かわいい女の子が生まれたということまでは聞いていた。それ以降はぱったりと連絡をとっていなかった。

「それからは、いろいろあってさ」
タケシの声が少し低くなった。
 今思えばそれが彼の絶頂期だったのかもしれない。勤めている会社が外資系企業と合併したのである。これがタケシにとって想定外の出来事だった。合併により社長はじめ役員が総入れ替えとなり外資系企業の役員にガラッと変わってしまった。合併前は役員から注目されていたが合併後は地方への転勤が続いた。やむなくタワーマンションを売却するしかなかった。
 そして、関連会社への出向の話が。社内では出向にいったら二度と戻って来れないという噂だった。
さすがにタケシも怒り心頭だったが奥さんに説得され泣く泣く受け入れた。奥さんもパートにいくことになった。給料はかなり減ってしまったが奥さん、娘さんと三人で慎(つつ)ましやかに暮らしていた。タケシも分不相応なタワーマンションよりも地方でのんびりと家族三人で生活できればそれで十分だと考えるようになっていた。
 ところが、今度は出向先の会社の経営が厳しくなる。採算が見込めないからと製薬会社も援助をしない。数年後、出向先の会社は倒産した。
 タケシは自分の人生を恨んだ。昇るだけ昇って急降下する。まるでジェットコースターのような人生だ。仕方なく実家に帰り、今はこの仕事をしているという。
 私も話を聞きながら他人事ではないと背筋が寒くなった。
「嫌な時代だな」
と私も肩を落とす。人生には運が大事というがタケシの運はタワーマンションとともにどこかへいってしまったのだろうか。

「じゃあ、またな」
といって実家の前で車を降りて別れた。子供の頃、一緒に遊んでいたときのように。
 実家に入ると母が驚いた。
「電話してくれればいいのに」
と笑いながら玄関に小走りでやってきた。
「そういえば、近所にいた西垣さん。覚えてる?」
と母がまくしたてる。
「ああ、向かいにいた西垣さんだろ。昔よく遊んでもらったこと覚えてるよ。息子さんと同居するって引っ越ししたよね」
「そうそう。その西垣さんが少し前にうちに来たのよ。近くまで来たからって。お父さんとしばらく話をして帰っていったのよ」
「元気そうでよかったね。いくつだった?」
「80才だったんだけど、先月急に亡くなったのよ。亡くなる前にあいさつにくるって、本当なのね」
「そうか、うちに最後のあいさつにきたのかな。不思議だね」
「そういえば同級生のタケシ君覚えてる?」
「ああ、いまタケシのタクシーで…」
「タケシ君が先週タクシーで事故にあって亡くなったのよ」
私は声を失った。

え、タケシが。

あ、

おつりをもらっていなかった。

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