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金の時計、銀の時計

  • 2022年1月31日
金時計

金の時計、銀の時計

南月

例えば私が森の泉に住む女神様だったとしたら。
あなたが落としたのは金の斧ですか、それとも銀の斧ですか。そうやって君に問い詰める。

金の時計。名古屋市民ならこの場所で一度は待ち合わせしたことあると思う。
平日の夜。仕事帰りの人たちかな。私と同じように誰かを待っている。

エスカレーターを上がって、外に繋がる、立派な柱やガラス窓が並んだ広い通路。ひょっこり顔を覗かせる金時計を背にした、とっくに暗くなっている桜通口方面。ガラスの奥には街の灯り。ぼんやり映る私の姿。よく初対面の人に友だちに似てるって言われる量産型の私でも、切ったばかりの髪にまだ自分の視覚が馴染んでいないのと相まって、泉に佇む女神のように錯覚する。
だから、君を待ちくたびれて心の中で一人、泉の女神ごっこ。名駅にある時計がちょうど金と銀であることを思い出して、何となく偶然が私に味方してくれているみたいで、嬉しかった。

左腕にしていた腕時計を外して、右手で握る。好きなファッションブランドのもので一昨年のクリスマスに貰った君からのプレゼント。
実際にやったらガラスに当たって危ないし、周りの人に白い目で見られるだけなのでやらないけれど、この腕時計をここから夜景に投げ捨てたら、女神の私が現れて、落としたのは金の時計か銀の時計か問われるのだろうか。

時計はもうすぐ夜八時。おそらく君がやってくる時間。
笹島の方から来るから、外のエスカレーターを上がって、ガラス戸を抜けて、現れる。定番だ。
今私が身に付けているもの。腕時計以外は全て最近購入したものだ。1か月ほど会っていない私のことを、きっと君は気が付かない。
女神ごっこのときに外したままの時計を握りしめながら、ガラス戸を抜けて、柱の陰から次々に現れる一人一人を確認した。

スローモーションで、でもはっきりと、私の視線は君を捕らえた。あれから一か月、君はまるで変わっていない。

ただ一つ、待ち合わせ相手の女を除いて。

君はそのまま扉の前で待っていた、ブラウンのコートを羽織った女に駆け寄る。ベージュのパンツがなぞる足の曲線は高めのヒールを履いているからという理由を抜きにしてもきれい。ここからだと顔はあまり確認出来ないけれど、いくら足がきれいでも、彼女も量産型なんだと思う。

何が泉の女神ごっこだ。
私は自分に嫌気が差した。

落としたのは金の斧か銀の斧か問うている立場ではない。
一か月前、この場所で捨てられたのは私だ。

「好きな人が出来た」
落ち合って早々に君はこう切り出して、私を置いてきぼりにして立ち去った。あまりに突然で理解出来ずに、クリスマス前のごった返す人混みの中に消えていく君の後ろ姿が見えなくなるまでぼんやり見ていた場所だ。

一か月ぶりのこの場所。イルミネーションはなくなったものの君は代わり映えしなかった。
予想通り、君は足のきれいな女を連れてエレベーターに向かう。いつものデートコース。

あの日動けなかった自分が嘘みたい。
私は君の方へ駆け出していた。
ぺたんこ靴がぺたぺた音をたてる。
君たちの前にまわりこむ。
足のきれいな量産型の彼女がきょとんとする。
君の顔がひきつる。

「久しぶり」
無表情を心がけながら、私は君をじっと見つめる。君は何か言いたそうだったけれど、うまく言葉が出て来ないのか、口が開きかけたまま発声はない。
そのアホ面めがけて私は握りしめていた時計を投げつけた。
「もういらないから返す!」
あっ、と新しい女の声が漏れる。君の左肩あたりに時計が当たったことを確認して私はすぐさま量産型の女神様が居た方へ逃げ出した。
あなたが落としたのは金の時計ですか、銀の時計ですかと問われた気がして、
「私が捨てたのはしょうもない男から貰った時計です」とさきほどまで女神様が居た辺でひとりごちた。

今度新しい恋人が出来たら、待ち合わせは銀の時計の方でしようと誓いながら。

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