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蜂の巣
小さな世界
朗読:青木謙樹
  
星の女子さん

 僕達は、集合住宅に仲良く住む住人だ。気付いた時には、僕と同じくらいの幼い子供や、赤ちゃんがこの住宅にたくさん居て、とても賑やかだった。大人達は忙しく働いている。お互い争うことなどなく、気持ちの優しい方ばかりだ。平和で楽しく暮らせるのは、大人達が、みんなで僕達子供のことを守ろうと思ってくれているおかげだ。声を掛け合い、どの子も分け隔てなく、大事に育ててくれている。
 この集合住宅の敷地内に入る入り口は、1箇所だけだった。唯一そこしかないのだから、外部からの不審者も容易く侵入することはできないだろう。防犯にも優れ、住人達の安全面の意識が高いこの住宅で、僕達は、安心して暮らすことができた。僕達がなんの心配もなく暮らせるために、実は、大人達は刃物のような鋭いものを隠し忍ばせていた。子供達は、そんなもの見たことがないから、そんなものを持っているだなんで全く知らない。でも、僕だけはたまたま見たことがあって、知っていた。それは攻撃するためではなく、守るために準備しているんだってことも理解していた。僕もみんなも、ずっとこの幸せが続き、平穏に暮らせると思っていた。
 僕等も大人たちにも、わからないことはある。それが何なのか、何が起きたのか、誰も理解できなかった。突然、唯一住宅に入る通路に大きな雨雲の塊のようなものが現れた。それは、ぐっしょりと、滴り落ちるほどの水を含んだ大きな雲だった。雲が現れるとすぐ、空気が性質を変えた。大人たちが、苦しそうに弱っていく。僕達は何が起きたのかわからない。そして、それでもこの異変に何も気がつかない子もたくさんいた。いや、気がつかない子の方が多かった。雲は通路いっぱいに隙間を作ることなく侵入し、外に出させることを阻んでいるようだった。大人達の動きが鈍くなり、なす術がない。子供達の一部は、弱った大人達を見てパニックに陥った。もちろん僕も怖くてパニックになった。大人達は、辛そうに呼吸をし、明らかに弱っていくのがわかる。誰も外へ出ることはできない。こんなこと、いつまで続くのだろうか。雨雲の塊で、住宅は暗黒の世界となった。
 パッと一瞬光が差し込んだ。あまりに早いスピードで、雨雲の塊が姿を消し、光が差したかと思うと、白い煙がジェット噴射された。目の前の景色が一気に掻き消され、白が散った。その時、痛いとも苦しいとも感じることなく、あっという間に僕達の命は途絶えた。大人達は手を差し伸べたままだったり、苦しそうに背中を丸めたままだったり、誰かに何か言おうとする形相だったり、様々な格好で固まったまま息絶えた。
 その後のことを僕達は知る由もない。知ったら、計り知れないほど傷つくことになるのがわかる。このまま知らないで、世界だけが動いた方がいいくらいだ。なぜなら、人は僕達のことを「スズメバチ」と呼び、「駆除」という偏見に満ちた酷い言葉で、僕達の死を説明する。僕達の住宅は、緑の木々の香りを残して、バッサリ切り落とされた。何も知らない大人達が、この住宅に戻って来たら、さぞ悲しむだろう。戻って来た大人達は、ありもしない住宅を探し続け、やがて冬を越すことなく、生涯を終えるのだ。
 ただ、一生懸命働いて生きているだけだった。僕等は、大人たちは、本当にそれだけだったんだ。みんなも同じでしょ。でも人間は、自分達が住みやすいようにこの世界を変えてしまった。住みにくいことが起こると、それを排除しようとするのだろう。僕たちの小さな世界は、大きな脅威だったのかもしれない。
 未知のウイルスでも、人間は脅威から共存する方法を考えることができる頭脳と精神力を持っている。信じたい、きっといつか、僕等の小さな世界と共存してくれる方法を見つけてくれる日が、くることを。

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