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大仏に祈った頃

  • 2021年1月18日

大仏に祈った頃

三木雫

 「その日はだめだ。カミさんが出かけるから、子供を見なくちゃいけない」
 「奥さんの実家に行くから、二十七日より前なら大丈夫」
 いつもの五人で集まるというのに、なかなか日にちが合わない。候補日を四日提示したけど、全員が参加できるのは、すでに一日だけだ。ここに松島が来られないとなったら、その前の金曜日も候補に入れて、やり直しだ。
 卒業して十年が経つ。毎年恒例となっている大学時代の友人との飲み会。基本的に全員揃うことを目指して日程調整をしている。俺は独身だし、店を探すのは嫌いじゃないが、年々、皆の生活に変化が生じ、都合を合わせるのが難しくなってきた。
 大学時代、集まるのは本当に楽だったなあ、と思い出す。

「大仏があるから、見に行かない?」
 授業を終えてだらだらしていると、松島が俺と池田に話しかけてきた。「大仏?この近くにそんなんあるの?」素っ頓狂な声で聞くと、涼しげな顔をして「あるよ」と言う。特に予定もなかったので、三人で見に行くことにした。名古屋大学の理系エリアと文系エリアを分けている四谷通の東側歩道。先導する松島について「寒くなってきたなあ」と言いながら、もそもそ歩く。「ここ、右ね」と言われてモスバーガー隣の道を東に入っていくと「桃巌寺」とあった。参道を歩いて最初の門をくぐり、左に行くと赤い中華風の山門がある。中は予想以上に広い。山門を越えて右側の階段を下りていくと、大仏があった。大きな緑の大仏だ。東大寺のような黒い大仏をイメージしていた俺は驚いた。池田も「デカ、しかも緑」と同じような感想を言っている。他に参拝客はおらず、静まり返っていた。前から横から後ろから、周囲を回ってじっくり見てみる。大仏の口や目、耳には金箔が施されており、台座の周辺を緑の鹿、象などが取り囲んでいる。こんなところに大仏があるなんて、入学して半年以上経つのに知らなかった。四谷通からは全く見えない。池田が「せっかくだから何か祈っておこう」というので、俺らは大仏に向かって手を合わせる。何を祈るか。「単位が取れますように」違う。「大学生活が充実しますように」違う。足りないのは「彼女ができますように」だろう。俺ら三人は、それぞれ何かの願いを込めて祈った。
「何でこんなところに大仏を作ったんだろう」と俺が言うと、松島が詳しく解説を始めた。建立の経緯や、最初は緑色でなかったことなども。同じ大学の同じ学部に入った同級生なのに、入学時から彼の知識量に圧倒されている。しっかり者でユーモアがあり、弁も立つ。同性ながら格好いい、と思った初めての人間。こんな奴に俺もなりたい、と思っていたが、追い付く気配はない。
 四谷通に戻る途中、「このあと、どうする?」と聞くと「池田の家で鍋でもしようか」と松島が言う。「まじか。掃除してねー。でもいいよ。高山と佐藤も誘おう」と、いつもの流れになる。違う授業を受けていた二人にLINEを送ると「行くわ、何時?」「OK」とすぐに返事が来た。スーパーに買い出しに行ってから、鍋の準備をする。1DKの部屋に五人で集まり、鍋を囲みながら授業のことや彼女のこと、将来のことなど本音で話をする。そんな時間が最高だった。

 卒業後は早めに予定を尋ね、日程調整して集まるようになった。最初は簡単だったが、結婚したら配偶者に聞かないといけない。子供が出来たら、いろいろ行事がある。俺以外の四人は大きく私生活が変わり、当たり前だがそれが優先される。独身でいると自由だと羨ましがられる反面、仕事以外で変化のない俺は、時々、焦るような気持ちになる。
 松島から返事が来た。「幹事ありがとう!実はどの日も予定アリだけど、指定してくれたら、何とか都合つけるわ」忙しいのに、やっぱり格好いい。勝手に凹んだ気持ちが少しだけ明るくなった。今、大仏に祈るなら、何を祈るか。やっぱり「彼女が欲しい」だろうか。変わってねー、俺。でも笑いがこみあげてきた。あいつらに、久しぶりに会いたい。
「さーて、日にちは決まったから、店を探すか」
 思いっきり話せるよう個室を予約しよう。俺はパソコンで検索を始めた。

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