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ベトナムの少女たち

  • 2020年10月13日

ベトナムの少女たち

うえみな

朗読:栗木己義(劇団ジャブジャブサーキット)

 ハノイ・ノイバイ国際空港。ベトナムでの仕事を終え、私は名古屋へ帰国する。
搭乗手続きを待つ、私の前後には、お揃いのポロシャツを着た若者たちが、いくつかのグループに分かれ並んでいた。ポロシャツの背には同じ文字がプリントされている。なにかのイベントに参加するベトナムの若者たちだろうか。
彼らを見て、ひとつ気になることがあった。その多くがダウンジャケットやコートなど冬物の上着を手にしている。これから日本は、特に名古屋は、蒸し暑い夏がはじまるというのに。

3人掛けシートの通路側が私の席だった。隣りにはあのポロシャツを着た女性がいて、窓側も同じ仲間の男性だった。二人とも若く、少年と少女と呼ぶにふさわしかった。
離陸を待つ間、二人は前方後方をしきりと見回したりと、落ち着かない様子だった。私は気になり、話しかけてみた。ベトナム語はもちろん知らない。じゃあ英語か?それとも多少の日本語は理解できるか?日本語で聞いてみた。

「ひこうき はじめて?」
「はい、はじめてです」少女は答えてくれた。
窓側の少年が私を指さして言った。
「なごや?」
私は頷き「なごや」と答えた。そして二人に「なごや?」と問いかけた。
少年と少女はほっとした顔で「なごや、いきます」「はたらきます」とつづけた。

私は広告映像の仕事をしている。日本企業の生産工場がハノイ郊外にあり、その生産の様子を撮影するためにベトナムを訪れた。4日間の短い滞在で私はすっかりベトナムが気に入ってしまった。といっても仕事だから、多くの時間、工場内にいて、それほど町を出歩くということはなかった。
それでも工場で出会った現地従業員たちの黙々と働く姿はとても好感を持てるものだった。ハノイ郊外の工場で自分たちが組み立てる部品のひとつひとつが世界中で必要とされているんだ、という自負めいたものがあるかどうかはわからない。いったいこの部品が最終的にどういった製品の一部となって稼働していくのかさえ知らないのかもしれない。
撮影のためカメラを向けると、振り返りはしないが、視界の片隅にカメラを意識しているのがはっきりとわかった。隣り合う仲間と目を合わせ、(ほら、いま撮られてる)と小さく笑みを浮かべるその恥じらいの姿が、微笑ましかった。

「5かげつ にほんご べんきょう しました」
少女は言った。その成果をさっそく試してみたいのか続けざまに問いかけてきた。
「おきゃくさんは ベトナムへは かんこうで きましたか」
「おきゃくさんは しごと なにですか」

おきゃくさん、と私は呼ばれた。あなたでもYouでもなく<おきゃくさん>と。「おきゃくさん」と呼びかける少女の顔には、その呼び方が日本人にとってどれだけの違和感がある呼称かなど、疑いの色(いろ)が一切なかった。
日本で誰かに話しかけるときは<お客さん>と呼びなさい。そう教えられたのだろうか。

少年と少女は顔を見合わせてベトナム語でなにかを話している。まだ何か聞きたいことがあるような感じだ。私は顔を向け無言で促してあげた。
少女は言った。「なごや さむいですか」

彼らが手にしていた上着が思い出された。これから日本が夏を迎えることを知らないわけがない。短い滞在ならば冬服は必要ない。それでも彼らは冬服を大切に抱きかかえていた。これからの名古屋がいかに暑いかを教えてあげると、二人は顔を見合わせ悲しげな顔をした。

飛行機はまもなく離陸した。深夜0時過ぎの便なので機内の明かりは消され、静かな空間となった。私も彼らもどちらからともなく黙り、それから会話を交わし合うことはなかった。

数時間後、中部国際空港に到着した。手荷物受取所で自分の荷物が出てくるのを待つ間、機内での短い時間を共に過ごした少年と少女の姿を探した。見当たらなかった。

おそらくもう会えない、もしかしたら名古屋のどこかであえるかもしれない。いつかベトナムに帰る時、名古屋はいいところだった、と思ってもらえるよう、私たち一人一人の責任は大きい。

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