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クロの鳴き声

  • 2022年5月10日
犬の足跡

クロの鳴き声

ポテチ

私が小学一年の時、母が犬を拾って帰って来た。
真っ黒な、とても可愛いとは思えない見窄らしい犬。腕の中でキューンとなく姿にさえ、同情できなかった。
きっと母は、仕事で忙しくて子供の相手をできないから、犬で私たちの気を紛らわせようとしたのだ。だけど、その可愛げのない斜に構えた態度を取る犬に、小学一年生ながらに気が合いそうにないと察した。
その真っ暗な犬は、その外見から案の定「クロ」と名付けられた。私も兄も最初は少しだけ面倒を見ていたけど、次第にあまり世話をしなくて、散歩にも滅多に連れて行かなくなった。玄関先で飼っていたため、蚊に刺されてブクブクになった顔を見ても、何の感情も生まれなかった。
クロは、私が出かけようとすると寂しそうな声で吠えるのだった。そして、少しかわいそうになって久しぶりに撫でようとすると、腕をガブリと噛んできた。
「なにすんだよ!」
犬を相手に、私は怒鳴った。そしてわんわん泣いた。クロが申し訳なさそうな顔をしていても、許したくなかった。もう一生散歩に連れて行かない。もう一生撫でようとなんてしない。私は心の中で誓った。

「うちにクロっていう犬がいてな。全く可愛げがないんだよ。」
高学年になるに連れて、友達の間ではクロの話が結構人気を博していた。
「高いドッグフードしか食わねえし、たまに散歩に連れていってやろうとすると腕を噛んできたこともあってさ。もう10年も生きてるんだよ?何で母さんは拾って来たんだよ。」
クロのことを話しながら、私は最近正面から顔を見たこともいつだったか忘れていた。
暑い日も寒い日も、私は自分の楽しさを優先した。遊びに行くときは、玄関を開けて、すぐそこに眠るクロをちょっとだけ一瞥して、そして家のすぐ前の道路に出る。クロはそのときは決まって目を覚まし、ワンと小さく吠えるのだった。
「まったく、散歩なんて連れて行かねえよ」
そう思いながら、毎回一歩立ち止まって、もう一度後ろを振り返る癖がついた。まるで呼び止められたかのように見ると、寂しそうな、まっすぐな瞳もこちらを見ていた。

ある日家に帰ると、クロが珍しく室内に放たれていた。
「今日は寒いから、クロも入れてあげたよ。」
母がそう言っても、こたつの中を偉そうに占領するクロの姿はやっぱり気に食わなかった。
そして決定的な事件が起きた。ふと目を離した隙に、クロが私のラケットバッグをズタズタに引っ掻いたのだ。
お気に入りの、中学に上がるときに買ってもらった新品のバッグ。
私はクロを捕まえて、怒りに任せて外に追い出した。大嫌い。出会った時から大嫌いだ。もう顔なんて見たくない。そんな気持ちで寒空の下に放り出した。キューンと、出会った頃と変わらない鳴き声が静かな夜に響いた。

時が流れ、中学を卒業する年になった。もうすぐ桜が咲くころだろう。暖かくなって来たし、桜を見に行こうと久しぶりにクロにリードをつける。
その時だった。
あまりの嬉しさに、クロは凄い勢いで飛び出した。私の手からリードがするりと外れて、クロはあっという間に家の前の道路に出た。その瞬間、右から走って来たトラックに轢かれた。即死だった。

それから時が流れ、時々クロの夢を見る。寝ている時に、胸の上にクロが乗っていたことさえ錯覚した時もあった。それくらい心のどこかでずっと後悔をしていて、そしてあのまっすぐな瞳を思い出すのだ。
クロ、お前はいつも私を守ってくれていたんだね。だから家の前に出る時、君は小さく吠えてくれていたんだね。
「危ないよ、気をつけなさい」と言わんばかりの君の鳴き声に、私は何度立ち止まって、何度振り返っても散歩にも連れて行こうとしなかった。
クロ、ごめんねクロ。
君がいつもいた場所に、一人しゃがみ込む。そこには一本の毛が落ちていて、真っ暗な、どこまでも深い色だった。これはクロの色だ。どこまでも真っ直ぐな、クロの色だ。
その瞬間、後ろからクロのつけていた鈴の音が聞こえた気がした。
だけど、振り返ってもそこにはもう誰もいなかった。

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