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カレーライス
やわらかい人たち
朗読:吉田篤司
  
人形劇団むすび座

 終電が無くなると繁華街も静かなものだ。看板や照明もほとんど消えて薄暗くなった駅前の通りには怪しげな人影が疎らに見えるだけだった。それと、ベンチに座って読書するホームレスらしき男がひとり。とりあえず駅の周りを歩いてみることにした。安全に寝られそうなところを探さなければならない。
 家出の理由は些末なこと、ただ当時の私にとってそれは命を張ってでも貫き通す価値のあるものだった。お袋に啖呵を切って家を出て、なにかがあるのではと思い有り金のほとんどを使って地方の繁華街まで出てきたが、行く当てはなかった。
 しばらく歩き回ったが特別良さそうな場所は見つからなかった。今では信じられないことだが当時は良くも悪くも莫迦だった私はさっきからずっと読書をしているホームレスらしき男に尋ねてみることにした。
「すみません。ここらへんで寝泊まりしているのですか」
「まあ、そうだよ」不思議な愛嬌のある男で、身に着けているものも小綺麗で清潔感があった。
「どこか良い場所教えてもらえませんか」
「うーん」男は本を閉じると私の方に顔を向けた。「君ひとり?腹は?」
「ひとりです。お腹すいてます」
「じゃあついてこい」
 そう言うと男は立ちあがって歩き始めた。通りを渡って少し行ったところにあるファーストフード店の前で男は止まって、その店と隣のビルとの間の狭い通路を指さした。見ると水色の大きなゴミバケツが二つ並んでいる。期待していた私はがっかりして顔をしかめると男はいいからと言って顎で指図した。しぶしぶ手前のバケツを開けるとそこにはテイクアウト用の紙袋が綺麗に四つ並んでいた。驚く私に男が言った。
「お店の人がお前みたいなやつの為に残ったものを綺麗に残しておいてくれるんだ。一人一個だぞ」
 私は恐る恐る手前の袋をとってそのままその場を立ち去ろうとすると男に怒られた。
「ちゃんと蓋しめろ!」
 袋の中はハンバーガー二個とフライドポテトで、冷めてはいたがとても美味しかった。食べ終わると、綺麗な段ボールのある場所を教えてくれて、少し歩いたところにある公園に行った。駅近くの公園はベンチの角度がきつい。蚊も少ないしこっちの公園の方が寝るのに都合がいいらしい。男は早々と寝床を整えていた。私も男に倣って段ボールをベンチに敷いて寝転がった。静かな場所で遠くで微かに虫の音が聞こえていた。
 目が覚めるとまだ薄暗かったが、男はもう起きていて水道で髪を洗っていた。身だしなみは大切だと言って俺も洗わされた。
 髪が乾くと男は行くぞ、とだけ言って黙って歩き始めた。ついていくと喫茶店があった。
 男は常連らしく、お客さんたちは男を池さんと呼んでいて私が家出少年だと知るとなぜか頑張れだとか応援の言葉をかけてくれた上、コーヒーもサンドイッチもカレーライスまでも奢ってくれた。そして私の年齢や出身、家族や家出の理由なんかを次々と質問して盛り上がった。恥ずかしかったが、みんな気のいい人たちで私が答えるのを嫌がるとすぐに話を変えてくれた。
 池さんはその様子を黙って見ていたが、やがて店内が落ち着くと、まっすぐに私を見て穏やかに話し始めた。
「お前の家庭がどんなのかは知らん。不幸話を聞く気はない。だけどとりあえず一度帰れ。金も伝手もないお前に出来ることはあまりに少ない。家を出るにしたってもう一度しっかり準備してからでも遅くない。それにこんなんでも俺も人の親だからな、ご両親も心配していると思うぞ」
 でも、と言いかけると私の手を取って黙ったまま紙片を握らされた。五千円札だった。
 慌てて返そうとしたが固くなに断られた。私は俯いたまま礼を言った。顔を上げれば涙が溢れそうだった。
 もう何十年も昔の話だ。全てが優しく温かい経験だらけで、夢だったのではないかと思うほどだ。だけど、あの日家に戻った私を叩いたお袋の顔と頬の痛みは昨日のことのように思い出す。
 その年の年末、自分で稼いだ金を持ってあの時のお金を返そうとあの街にもう一度行ったが、喫茶店の入っていたビルは解体されてしまっていたし、池さんを見つけることはできなかった。

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青春

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