Voicy
Voicy
Voicy
Image is not available
Image is not available
Image is not available
Image is not available
Image is not available
Image is not available
Image is not available
Image is not available
Slider

スタートライン

  • 2022年5月06日
グラウンドのスタートライン
スタートライン

母と妹が走る姿をとらえて、沿道から声援を送る。名古屋ウィメンズマラソンの序盤は、地下鉄桜通線に沿ったコースを走る。ゼッケンナンバーのアルファベット毎にグループを作って一斉にスタートするので、目を凝らさなければ、いつも見ている家族の顔すら見落としてしまう。大きな声で呼びかけると、気づいて手を振ってくれた。ほんの一瞬だった。沢山の人の流れの中で、自分たちだけが道路脇に出てしまっては他のランナーに迷惑が掛かるから、仕方がない。だが、二人がひどく遠くに感じた。
 応援に回っているが、元々、家族の中で一番スポーツが得意なのは私だ。小学生の時はスカウトされて陸上部に入った。中学校生活は陸上と縁のない生活を送ったが、物足りなかった。そして高校生になって、再度、いや今度は自らの意思で陸上部に入部した。
 ところが、一年目の夏の合宿で、足を疲労骨折した。監督には「無理をするな」と言われていた。合宿場の階段を下りる姿が明らかに負傷者のそれだったからだ。それにもかかわらず、意地を張ってテーピングでごまかして、最後まで練習メニューをこなした。夏休み直前に行われたデビュー戦で、思うように結果を出せなかったことへの焦りがあったからだ。間もなくその無謀な行動を後悔することになる。怪我が治って練習を再開しても、タイムが縮まらない。それどころか、今までできていた練習さえ、ままならなかった。ちょうど、陸上部がシーズンオフにさしかかる秋のことだった。気持ちはとうに無くなっていた。高校生活の部活動は、たったの半年で幕を閉じた。
 奇しくも母校の最寄り駅は、今、立っている場所、桜山駅だった。三年間、名古屋駅から桜通線に揺られて通った。だから、マラソンのコースを初めて見た時、見慣れた駅名が並んでいるのに、逆に心がざわついてしまった――入部してすぐに、桜山駅で待ち合わせて、みんなでスパイクを買いに行ったこと。練習の後に食べたかき氷。合同練習の後、新瑞橋駅のイオンでプリクラを撮ったこと。そして、毎週土曜日は瑞穂陸上競技場で活動したこと……。ほんの半年間に詰まった思い出たち。優しかった部員のみんなは、私が退部した後も変わらず仲良くしてくれた。してくれようとした。それを私が避けたのだ。意地を張って、怪我をして、すねて、やる気をなくして、傷ついて。辞める前からわかっていた、全部自業自得だ。疲労骨折は、治せない怪我ではなかった。治すための忍耐と、もう一度競技に向き合う勇気がなかっただけだ。それでも、何かのせいにしたかった。だから私は、自分に「怪我をさせて」「やる気を失わせた」陸上を嫌いになった。
 母と妹の晴れの瞬間を見たいと思い、最後の応援場所をゴール付近に移した。42kmを走り終えようとするランナーたちは、まさに疲労困憊。ほとんど足が上がらず、気力と、腕の振りだけで前に進もうとしていた。それでも、私たちの応援の声に顔を上げ、笑顔を見せてくれる。手を伸ばして、ハイタッチをしてくれる人もいる。いつの間にか、応援が涙声になってしまった。目の前のランナーへの称賛。そして、過去の自分への後悔が混ざっていた。
 あの日から一年。今日私は、スタート地点に立っている。名古屋シティマラソンのクォーター、つまり10kmの部に出場する。10kmは、陸上部時代ならば毎日のように走っていた距離だ。でも今は、それを走り切ることを「目標」としている。そこから始めたいのだ。クォーターマラソンのコースは、ナゴヤドームをスタートしてから、ひたすらに桜通線沿線を走る。勿論、桜山も通って。そして、ゴールは瑞穂陸上競技場だ。ライバルは高校生の時の私。見ていてよ、走り切って、ほろ苦い思い出の場所を、マラソン大会で「完走した道」に変えてあげるから。そうしたらまた、少しずつ、陸上やろうよ。

カテゴリー
青春

コメントはこちらから

メールアドレスが公開されることはありません。

※作品に対する温かいコメントをお待ちしています。
※事業団が不適切と判断したコメントは削除する場合があります。

eskişehir bayan escort - escort eskişehir - eskişehir escort - izmir escort bayan - escort