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リビング
トゥルーマン
朗読:かとう雅敏
  
劇団劇座

 「あなたは、トゥルーマンだから」
 ベリーショートの妻が悲しげな目で僕を見つめながら呟いた。

 1998年、11月。名古屋駅近くの今はなきゴールド劇場にて、監督ピーター・ウィアー、主演ジム・キャリーのトゥルーマンショーを観た。当時、僕たちはまだ大学生で彼女は流行りの終わりかけたシャギーだった。
 ジム・キャリーが言う。
 『Case Alone See You.Good Morning,Good After Noon,Good Evening』
 『会えない時のために、「おはよう」と、「こんにちは」と、「こんばんは」を』

 トゥルーマンは真面目な男だった。学生時代に人並の恋をしたけれど恋敗れて、別の女性を伴侶として、親友と語らいながら日々を過ごす。平凡と言えばそれまでだけれど、ある一定の幸せの詰まった人生を過ごす男。ただ、唯一、違ったのは彼が誕生してからのすべてテレビで放送されていて、妻も友人もすべてが役者で構成された嘘だったということだ。
 僕はその映画を見ながら、まさしくこれは自分自身の物語だと吐き気を覚えた。いつだって誰かに見られながら、監視の最中にいる。被害妄想と自己意識の拡大に怯えている。気が狂ったようにジム・キャリーが舌を出して笑うのを見て、涙が溢れそうになった。

 出会った瞬間、僕は恋に落ちた。朗らかとは言えないけれど、それが彼女なりの精一杯の笑顔なのだろうという表情がチャームポイント。野暮ったい黒髪にそばかすが映えていたのが今でも思い出せる。とても警戒されてしまったけれど、なんとか連絡先を交換して、初めてのデートがゴールド劇場だった。
 彼女はあの映画をどんな気持ちで見ていたのだろう。僕は運命的と思えた相手をデートに誘っておきながら、正直なところ映画のことしかまったく覚えていない。それほど夢中になってしまったのだ。確か映画を観終えて、食事をしたような気はするけれど。

 トゥルーマンが周囲のすべてはテレビ番組の嘘だということに気づき始め、悩んだ時に親友マーロンが言う。
『俺はお前に嘘をつかない。もし全員が、お前を騙しているのだとしたら、俺もその一部だということだ。俺はそんなことしてない。だから、周りすべて嘘、ということもありえないんだ』
でも、嘘だ。僕と観客はそのセリフが嘘だということを知っている。

 最初のデートは微妙だったかもしれないけれど、なんとか僕と彼女は付き合い始めた。そこからは順調で、大学卒業後の少しばかりの危機を乗り越えながら、社会人三年目で入籍。翌年には子宝に恵まれて、仕事も忙しくなって日々は過ぎていく。
 自分以外のすべてが作りものだなんて思う暇もなく、平穏に時間は過ぎて、子供は順調に進学、僕たち夫婦はそれなりに喧嘩もしながら年を取って…。
43歳、ここ最近、疲れが溜まりやすいと感じていたら会社の健康診断で引っ掛かった。要精密検査で改めて通院したら、医者が神妙な顔で、『あまり良くありません。念のため、ご家族の方も一緒にお話を聞いていただいてもよいでしょうか』
これは良くないな、と思いながら妻に事情を話して病院に行ってもらう。

 「ちょっと腫瘍があるみたいで手術がいるみたい」
 「大丈夫みたいよ、すぐに退院できるって」
 「もう、心配ないって。検査のためにもうちょっと入院らしいけど」
 「まだ、様子を見ないといけないらしいから」
 「…大丈夫だって」

 そして、妻が悲しげな目で僕を見つめながら呟く。
 「あなたは、トゥルーマンだから」

 もしかしたら、自分の人生は嘘かもしれない。それを確かめるためにトゥルーマンは、バスの前に飛び出してみたり、わざと車を乱暴に運転する。けれど、彼はテレビで放送されているスター。周囲がすべての危険を取り除く、彼はテレビのプロデューサーに安全を約束されている。

 そして、僕は妻に言う。

 『Case Alone See You.Good Morning,Good After Noon,Good Evening』
 『会えない時のために、「おはよう」と、「こんにちは」と、「こんばんは」を』

カテゴリー
ヒューマンドラマ

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