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履歴書
モラトリアムの狭間にて
朗読:竹内裕二
  
Theater BamBoo

 ずっとこの日々が続くのだと勝手に勘違いしていた。
 でも、そんなことは無くて、日常と呼べるものは常に変化していて、それに僕は気付くことができなかったんだ。
 僕とタケルは遊んだあと金の時計の前で談笑をしていた。
 「俺は、就職が決まったよ」
 “就職”という単語を聞いたとき、まるで異国の単語でも使われたのだろうか、そんな驚きを含んだ「えっ」の一言を絞り出す。
 タケルは、「なんだよその反応」とケラケラ笑っていた。
 僕の思考が固まるのと同時に金の時計は時間を数えるのをやめ、周りの雑踏は足を止めたような錯覚をする。
 タケルの後ろに隠れながら先公に叱られるような馬鹿やって一緒に馬鹿なまま卒業していくものだと思っていた。
 タケルが将来を見つけたのだと理解した瞬間、タケルが雑踏の中の“大人”たちに紛れて、僕だけが将来を見つけられない人生の迷子になっていた。
 「僕はまだ将来のことは何も決まってないや」
 かろうじて言葉を紡ぐ。
 「そんなもんだろ!俺だってたまたま内定もらっただけだし!将来決まってないくらいで子供みたいにうじうじしてんなよ。マモルも頑張れよ!」
 僕はそんな返答に「うん」とか、「わかった」みたいなあいまいな返事をすることしかできなかった。
 僕だけが子供と大人の狭間にとり残されて這い上がることもできずにうずくまっている。
 勝手にタケルも僕の隣にいて取り残されてくれていると思い込んでいただけなんだ。
 あいつは自分で這い上がる腕を持っていた。
 ただ沸々と湧き上がる焦燥感だけが胸を焦がしていく。いくら焦れど解決策などは浮かんでくるわけもない。
 「もうこんな時間か」
 タケルが、時計を見上げる。
 「じゃあまた明日な」
 タケルが背を向け歩いていく。
 大人たちにタケルが紛れていく。
 制服姿のはずのタケルの後ろ姿がスーツを着ているように見える。
 僕は何も言えず、何もできず見送っている。
 子供のままの僕をただ一人残して、タケルは歩いていく。
 なぜ、僕はタケルに手を引いてもらえるのだと思っていたのだろう。
 もう子供じゃないんだからなんて親に悪態突いてきたけど、子供じゃないということがどういうことなのか、この狭間に取り残された僕は痛いほど理解した気がする。
 頭の下げ方も上司への接し方も面接の受け方も履歴書の書き方も何一つわからないんだ。
 それでも大人でいなくてはならない。子供ではないということはそういうことなんだ。
 ずっとここに取り残されることなんて許されなくて、勝手に大人だとラベリングされて生きていく。
 タケルは大人の中に飛び込んでいけたのに、僕はその場から動けずにいる。

 日常は変わらずに動いているんだと思っていた。その実取り残されてしまっているのは僕だけで皆歩き続けている。
 今日を真面目に生きることも、昨日を振り返ることもできず、その中間でポツンと独りぼっちになっている。
 未だにどうするかを決めることもできず優柔不断の日々を過ごしている。
 狭間をまっすぐに進んだところで変わることはないと分かっているのに、僕は這い上がることができない。

 立ち寄ったコンビニで履歴書を手に取る。
 仮に就職したって大人になれるわけじゃないと分かっている。
 社会人という大人として見てもらうための肩書きが欲しいだけだった。
 そんな考えがいかに幼稚かを知りながら僕はそんな紙切れにすがっている。
 結局どこまでいってもタケルの後ろをついていく今までの僕と変わりがない事を知りながら大人になったふりをして僕は生きることしかできないのか。
 

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ヒューマンドラマ

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