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中古車
変わらないもの
朗読:高橋潔
  
人形劇団パン

「自分の年齢を考えれば仕方の無いことだ。」
何度も何度も自分に言い聞かせながら、近所の中古車屋さんで待たされている。

「もう歳も歳なんだから、いい加減手放しなさい。」
そう家内(かない)に言われて、渋々この20年大事にしていたバイクを手放すことにしたのだ。全く男の趣味というものが女には理解出来ないから困る。しかし、運転に自信も無くなっており、ここ暫くは手入れしていたのみであったのも事実だった。

「大変お待たせ致しました。」
店員が私に駆け寄り、査定額を提示してきた。私にとって金額はどうでも良いので、私はそれを了承して泣く泣く店を出ようとした。

 自動ドアの前に立った私の目に、反射して一台の車の姿が飛び込んできた。その古く、小さく、黄色く輝く車を見て、少しぼうっとした後、
「これ買って帰ります。」
と、口にしていた。

 今から50年ほど前、私の家は比較的裕福で学業も娯楽も全く不自由無く育てられた。そんな中でも特に父の趣味であるドライブとパチンコにはよく連れて行かれたものだった。
 当時の車は今とは違い「一家に一台」が当たり前では無かった。しかし時代が進み「軽自動車」なる小型で庶民向けの車が安価と言っても初任給の十倍程度はあった)で販売され始めていた。そんな小型車の中でも馬力も人気もある車が我が家にやってきたのだった。その名をホンダのN360と言い、小型ながら4人を乗せ馬力もある安価な大衆車として一世を風靡したものだった。

 当時の名古屋も今と同じく、各地で開発が急ピッチで進められていた。名駅の駅舎も新しく、駅前のモニュメントは噴水であった。広小路は市電を囲むように大量の車が秩序無く入り乱れていた。
 そんな街並みをこの小さな車の窓から切り取って見ていた私は、すっかり容姿も中身も変わり果ててしまったが、この車は、当時と何も変わらずそこに佇んでいた。全く変わってしまったのは風景と人間だけで、タイムスリップしてきたように当時のままの姿であった。
 家内に相談もせず即決で購入した私は、行きのバイクを置いているためこの車に乗って帰ることにした。走るには問題ない状態だという。
 エンジン音も、当時のままである。ちょうど売却したバイクと同じ4ストロークの大きな音が響き渡る。MT車を運転するのは久しぶりだし、ましてやこんな古い車で自信は無いが、柄にも無く心は躍っている。ダブルクラッチはまだ出来るだろうか。

 まず私は名駅へ向かった。二代目となった大名古屋ビルをこの車の窓から見ると、初代の屋上の球体が思い出される。このエンジン音を聞きながら見ると、モニュメントは噴水に見えるし、全てがセピア色に見える。広小路にはすっかり秩序正しく真っ直ぐ車が走っており、バスも当時とは姿形が全く変わっている。「浄心遊技場」はただのマンションに生まれ変わっている。少々前に破綻したとは聞いていた。パチンコ発祥のこの地の歴史も大きく変わってしまっている。祇園精舎の鐘の声でも聞こえてきそうである。

 渋々バイクを売りに朝出かけてから、いつの間にか辺りは暗くなっている。シールドビームの淡い光をつけ、私は家路を急いだ。車を買うことはおろか、一日出かけることも断っていない私を家内は心配しているだろう。興奮冷め切らず、こんな時間になるまで家内の心配を一切気にしていなかった。

「遅くなった。」
家内は目をまるくして私の顔をのぞき込んでいる。
「すまない、遅くなって。」
家内は私をのぞき込んで、今度はにやにやしている。

「何か良いことでもあったのかしら。」
そう言いながら、遅くなったことに文句一つも言わず台所へ戻っていった。今が機会だと思い告白した。

「車を衝動買いしてしまったよ、昔親が乗っていた古い車だ。」

「そう。よかったわね。」

 にこやかにそう言いながら、晩ご飯の支度の手を止め言った。
「じゃあ、今晩は外食にしましょう。」

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歴史・時代

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