大須猫トマ~僕のニセモノあらわる!~
大須観音近くのアーケード、おもちゃ屋とういろ屋に挟まれた、暗くて、ひんやりして、人間は通れそうもない細い路地。そこが僕、のら猫トマの住処。
僕はずっとここに住んでいる。ここしばらく、ひとり暮らしだ。
昼はさんぽと居眠り、夜はごちそう探しの、気ままな生活さ。
「おはようさん、トマ。」
「やあ、モカ。今日もねむそうだねえ。」
モカは立派なシェパード犬の「ゆうれい」。長い間、喫茶店の看板犬だったけど、去年の冬に死んだ。昔からずっとおじいちゃんだったから。だけど本当は「ゆうれい」になっただけ。今でも変わらず店先にいて、のんびりしている。
「トマ、おみゃあこの頃、やんちゃしとるんか?」
モカがフサフサの眉毛を上げて、気だるそうに呼び止めてきた。
「横丁の魚屋で盗んだんか。てゃあぎゃあにしとかなかん。『売り物がわやになってまった。』ってウチのお客が怒っとったぞ。」
僕はまったく身に覚えがなかった。
「ねこ違いだよ!」
「なんだぁ、おみゃあでにゃあのか…。まぁええわ、おみゃあの灰色の毛並みは目立つで、気ぃ付けんと、だちかんよ…。」
そう言ってモカはいつものように、死後に飼い主が置いた自分そっくりの陶器の像にもたれて、まどろみ始めた。
その時、視線の先の駄菓子屋から人間の叫び声が聞こえた。
「まて!のら猫!こらぁ!」
店先の棒菓子タワーを崩しながら、灰色の猫が逃げていく!
すぐに建物の隙間に入って、姿が見えなくなってしまった。
モカが言っていたのはあの猫かもしれない。たしかに僕と似ていた。
「モカ起きて、僕のニセモノがいたよ!」
「なんと…。早く何とかせんと、またおみゃあの仕業になってまうぞ。」
「つかまえて、話を聞いてみるよ。モカも手伝って。」
「よし。おかげさんで、死んでから鎖が無くてらくちんだで。ちゃっと、探したろみゃあか。」
モカはすーっと宙に浮いていき、半透明の体で、建物を通り抜けながらあたりを駆け巡った。
「やっこさん、ござらしたよ。浅間神社の軒下で縮こまっとる。」
「モカ、ありがとう!」
僕は喫茶店の屋根に登り、反対側へ飛び降りて、その勢いのまま神社の軒下に滑り込んだ。
そこには、モカの言った通りの小さい灰色の影がうずくまっていた。
「やい!僕そっくりの猫!逃げるなよ!」
「ひ、ひえ!」
僕のニセモノは突然の追手に驚いた。こういう時、猫は一瞬、体の動きが硬直するものだが、彼はそのまま腰をぬかし、溶けたアイスのようにその場にしなだれてしまった。
「ご、ごめんだよ~う。」
彼は細い声で鳴いた。ずいぶん疲れているように見える。
少し小さいだけで僕そっくりのねこ。僕はゆっくりと話しかけた。
「きみの名前は?いったいどこからきたんだい?」
「ぼくの名前は『リク』。トラックの荷台で居眠りしていたら、知らない間にこの町まで来たんだ。」
「ここには森も川も無いし、人間が多くて怖いし、魚を取ろうと思ったら追いかけられるし、隠れられるとこも少ないし…うわ~ん。」
リクの琥珀色の目から涙がぽろぽろと流れた。僕はそれを見たら体が熱くなって、すぐに住処からとっておきの干物のかけらをもってきてあげた。
「まあこれを食べて、元気を出しなよ。いいかい、この街には、食べ物はうまく探せばいろんなところにあるんだ。夏でも冬でも、過ごしやすいところは、のら猫たちみんなで教えあっているよ。」
「だから、泣かないで大丈夫だよ。僕も昔、先輩猫にいろいろ教えてもらった。ここなら仲間もたくさんいるし、寝床もある。きっとうまくやっていけるさ。」
僕はとてもうれしかった。同じ路地に住み、僕に色々なことを教えてくれた、そしてある日どこかへ行ってしまった、美しい黒猫の住処が、そのままだったから。リクをそこに連れて行こう。
また誰かと一緒に暮らせるんだ。
「明日から、一緒にパトロールだからな。」
人間の皆さん。
もし大須に来た時に、2匹の灰色の猫が歩いているのを見かけたら、こっそり後についてきて。
素敵なところへ案内してあげるから。待ってるよ。