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晴れた夏空
夏の応援歌
朗読:扇谷裕子
  
喋便朗

「あんた少しは大人になりなさい」
いつしか、母親にはそんなことを言われる年齢になっていた。さっきまで子供でいても許されていたのに、急に自立を促されるこの子供と大人の狭間の18歳。
「あなたは進学するの?それとも就職するの?もうすぐ夏休みに入っちゃうんだよ。早く決めないと間に合わないよ。」
進路指導室では、担任の先生が困ったように眉毛をハの字に曲げて私に訴える。「間に合わない」って言われたって、急に自分の進路を決めるなんて無茶だ。私はまだまだ子供でいたい。なのに、みんな急かす。私の人生は、私で決めるのに。 
大体、私の高校生活は堀内くんに振られたことで全て狂ってしまった。いつからか、朝起きる意味も、これからやりたいことも全てどうでも良くなって、気が向いたときだけ学校に行くだけの、怠惰な高校三年生になってしまった。
「ゆかり、明日学校来れるの?」
「うーん、たぶん」
「たぶんってなによ!絶対来なさいよ。」
友達は、抜け殻のような私を心配して毎日のように電話してくれるけど、正直今は一人でいたいなんて言えなかった。
明日の天気は晴れ。元気を出して、外の空気を吸いに出るのも悪くない。そんな、少しだけ勇気を出した夏だった。
久しぶりの電車に揺られ、窓の向こうの空の青さとは裏腹、私の心の中は曇天だった。憧れだった東高の制服も、窓からの景色も、全部にワクワクできていたあの日々はいつから消えてしまったのだろう。今日も蝉の声がうるさい。電車の中まで、ミーンミーンとこだまする。
そんなことを考えていたとき、正面の座席に二人のおばさま達が腰をかけた。JRの4人掛けの向かい座席は距離が近くて、会話も丸聞こえだ。
「楽しみだねぇ」
「んもー、あそこ行くのひさしぶりだがん」
そんな名古屋弁で話す彼女達は、今から遠出でもするのだろうか。
なるべく会話を聞かないように、窓の向こうに集中する。いいな、みんな幸せそうで、楽しそうで。私なんて、高校三年生、進路未定。ただいま傷心中なのに。
そんなときだった。
「あんたも行くかね?」
片方の女性が、わたしの目をまっすぐに見て言う。
「んもーこんな若い子誘っても悪いがね。すみませんねぇ」
そう笑って、もう一人の女性が止めようとする。
私は、赤の他人からの唐突な誘いに驚き、それと同時に恥ずかしさも感じた。
どうして誘ってくれたの?私がそんなにも学校に行きたくなさそうに見えた?
もうすぐ降りる駅が来る。どうしよう、今日はまた学校に行ける気分ではない。連れ出して。私をうんと遠くへ連れ出して。
「はい、行きます」
気が付いたら、そう返事をしていたのだと思う。彼女達は、なにも理由も聞かず、ただ二人の世界の端っこに私を入れてくれた。その感じが心地よくて、ちょうど良くて、ありがたかった。
どれほど駅を通り過ぎたのだろうか。電車を降りて、しばらく二人について歩いていくと、そこは地元で有名らしい神社だった。
「あんたお賽銭あるかね。あんたもお参りしとき、いいことあるで」
そう言って笑う彼女達に紛れる、制服姿の私は、側から見たらどう映っているのだろうか。
そうこうしていると、奥から神主さんが出てきて驚いたように言った。
「あれ?その制服!あなたもしかして東高?私の息子と一緒よ。でも今日学校じゃない?」
私は、何も答えられずにもごもごしていると 
「まあいいがね、何も聞かんといたってねぇ」
おばさんの一人が、笑ってそう言った。その言葉で、私はどれだけ救われたのだろうか。
お参りを終え、炎天下の下を3人で歩く。
「あんたも若いんだからさ」
駅のホームでそれだけ言い残して、彼女達は私とは違う電車に乗って行ってしまった。
「若いんだから頑張りなさい」とか、無理に努力を押し付けないその励ましは、どんな言葉よりぐっと私の心に響いた。
ポツンと、無人のホームに立ち尽くす。「よし、今からでも学校に行こう。」そう決めた途端、さっきまでうるさかった蝉の声が、とたんに応援歌に変わった気がした。

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ヒューマンドラマ

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