合格祈願
「チカ、初詣行くぞ」
幼なじみのヒロからそう電話があったのは、昨日の夜9時頃だった。
「はぁ~!? もうすぐ1月終わるんですけど」
「三密回避だよ。初詣の時期ずらせってテレビでも散々言ってただろ」
「それはそうだけど……」
「豊国神社前。10時集合な」
一方的にそう言うと、ヒロからの電話は切れた。
「私、まだ行くって一言も言ってないからね!」
私は、切れてしまった電話に向かって叫んだ。
しかも、なんで微妙に遠い豊国神社なわけ? もっと近所にちゃんとした学問の神様がいるじゃない。
受験生の私たちにとって、今一番欲しいのは「合格」の二文字のはずなのに。
行くって言ってないし、行かなくてもいいよね?
それより勉強しなくっちゃ。
そんなことを考えながらも、気付いたら完璧な防寒装備で玄関に立つ自分がいた。
なにやってんだろ、私。
ああっ、もう!
こうなったら行くしかない。
私は思いきって自転車を漕ぎ出した。
「よっ」
豊国神社前に着くと、すでにヒロがいて、私に向かって軽く手を挙げた。
「遅刻常習犯のヒロが10分も早くいるなんて、雪が降るんじゃない?」
「うるせーよ」
そんな軽口を叩きながら自転車を止めた私は、ヒロと並んで神社でお参りした。
「で、なんでここなわけ?」
神社の境内を歩きながら、私はヒロに尋ねた。
「だってさ、豊臣秀吉って天下統一した武将だろ? そいつに願えば受験なんてバッチリだって」
「いやいや、今私たちに必要なのは学問の神様でしょ」
「『受験戦争』っていうんだから、戦争に勝つにはやっぱり武将だろ」
「ぷっ……あはははっ! なんか、ヒロらしい屁理屈」
「うるせえよ」
そう言ってヒロがむくれた。
そっか。ヒロとこうやって軽口を叩き合えるのも、あと二カ月もないかもしれないんだ。
そう思ったら、胸がチクッとうずいた。
小学校の頃は、算数ドリルを前に頭を抱えるヒロによく教えてあげていたっけ。
ずっと一生懸命考えて、わかったときに見せるあの笑顔。
私は、その笑顔を見るのが大好きで……。
そこまで考えてから、私は頭を左右に振って頭の中からヒロの笑顔をかき消した。
中学生になってからは、さすがに周りの目が気になるのか、私に勉強を聞いてくることはなくなった。
市内でも上位を争う進学校を目指している私と、ちょっと勉強が苦手なヒロは、多分進学先も違う。一度分かれてしまった道は、きっともう二度と交わることはないに違いない。
そっか。これは、最後のふたりだけの思い出なんだ。
ひょっとして、ヒロも同じ想いで誘ってくれたのかな。
私は、黙ったまま隣を歩くヒロの方をそっと覗き見た。
「……あのさ!」
ヒロが、正面を向いたまま唐突に口を開いた。
「おれ、今めっちゃ頑張って勉強してるから。小学校んとき、チカが勉強教えてくれてただろ? そんでわかったとき、すげー嬉しかったんだ」
いつもはおちゃらけた雰囲気のヒロが、珍しく真剣な表情をしている。
中学に入ったばかりの頃は同じくらいだった身長は大きく抜かされ、気付いたら私よりも頭ひとつ分大きくなっていて。
大人と子どもが入り混じったような顔つきに、私は思わずドキッとした。
「おれさ……小学校の先生になりたいんだよね」
ヒロが、恥ずかしそうに頬を指先でつつきながら言った。
「だからさ、今、チカと同じ高校目指して勉強してんだ」
そういえば、3年生になったばかりの頃に志望校聞かれたっけ。
あのときは、「くそーっ! やっぱチカって頭いいんだな」なんて言っていたけど。
あれからきっと、ずっと頑張っていたんだ。
「だからさ」
そう言うと、ヒロは立ち止まって私の方を見た。
「おれが受かったら。そんときは――また一緒にここにお礼参りに来てくれない?」
ヒロが、私の顔をじっと見つめて言う。
私は、こくりと小さくうなずいた。
「そうだ。おまえもちゃんと受かれよな」
ヒロが私の鼻先に指を突きつけながら言う。
「うん。頑張る」
私はしっかりとそう答えた。
チカとヒロのその後がどうなったのか、続きが知りたいです。二人を応援します。
ただの幼馴染から異性を意識する瞬間っていいな、と読んでいてニヤニヤしてしまいました。思春期の男の子が真剣に素直な気持ちを言葉で伝えるのは勇気がいるだろうなと思い、キュンとしました。
家族とではなく、友達同士、恋人同士で神社に行くのも素敵だなとうらやましくなりました。
誰かと豊国神社に行ってみたくなりました。