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古墳
おくりもの~プレゼントを買いに大須歩き

 「ねぇ、この民族雑貨はどうなの」
  姉は額から流れる汗を不快げに拭った。溶けたメイクと疲れきった顔は20代の姉をおばさん化させている。
 「うーん。彼女似合わないよ」
 「もぉ。せっかく選んであげているのに」
 姉はワンピースを揺らして人波をすり抜けて進んでいった。僕は慌ててはぐれないように追いかける。
 お盆の大須商店街は行き交う人々の熱気で蒸し暑い。けど、僕の恋人へのプレゼントを求めて、一応女である姉の助言を頼りに大須を彷徨っていた。
 「かき氷。食べようか。僕が奢るからさ」
 真夏の暑さと怒りで沸騰しそうな姉を冷やそうと、目についたかき氷屋を指差す。
 「何言ってんの。社会人の私が奢られんのなんて断る。それに私の胃は冷たいの弱いからムリ」
  姉を冷やすどころかよけい熱くさせてしまった。運動靴の僕に対して歩きにくそうなミュールを履いているのにスタスタ行ってしまう。また離れそうになって僕は足をもっと早めた。噴き出す汗がティシャツとジーパンにべったりと張り付いていて、気持ち悪い。だけど、初めてできた彼女の初めての誕生日プレゼントは妥協したくなかった。
 「ねぇ、栄とか名駅はどうなの。百貨店とかあるし涼しいし」
 「うーん。そんなところは学生にはまだ早い気がするんだ」
 「あんたがここに慣れているだけでしょ」
 図星すぎて反論できない。アニメ商品やパソコン部品を探しに僕はここ、大須に足繁く通っていて、ホームタウンのようで落ち着くのだ。栄や名駅はスタイリッシュな街で足が竦みそうだ。
 「もう矢場や栄に行こう。大須から近いしさ」
 「あとちょっとだけお願い」
 姉は呆れ、明らかに速度を落として歩きだした。
 と、チリリリーンと涼しげな音色が重なって聞こえてきた。ぱっと見ると、寺にいくつもの風鈴が風になびいている。
 「きれいね……。あ、そうだ御朱印」
  姉は一気に元気を取り戻して、授与所に小走りで向かっていった。
 「ねぇちゃんは御朱印集めてるのか」
 「歴史のある場所が好きだでね」
 「そういえば、子供の頃城巡りしたよね」
 夏休みに姉と城巡りしたのは懐かしい思い出だ。名古屋城、清州城、犬山城……国宝犬山城のすごさを当時は全くわからなかったけど、城下町は楽しかった。
 「さ、次行こう」
 御朱印で機嫌を良くした姉は、また大須歩きに付き合ってくれた。というより、寺巡りを始めた。姉は他の寺を探して進みだしている。
 「こっちから行ってみようよ。プレゼントも探したいし……」
 「そうね。たしかこっちにもお寺があったかな」
 返事が軽い。重たく疲れきった姉はどこへやら、足取りも軽く喫茶店の角を曲がる。
 すると――、姉が駆けだした。僕も走りだし……たった50mも進まずに姉は止まった。
 そこには、巨木が三本ほど生えている小山があった。小山の高さは僕の身長の二倍くらいだろうか。
 「こんなところに古墳(こふん)があるなんてすごい!」
 姉はそう歓喜して小山の前にある看板を見つめた。が、ビルに囲まれ草に覆われた小山は隣にトイレもあるせいか公園感がすごい。ただ薄汚れた看板が古墳の歴史を語っている。
 「すごい? ちゃちくない?」
 ちょっと全力疾走したせいで汗が滴り落ちてきて、イラッとしながら拭う。
 「ここに遺ってるのが素晴らしいんだよ。街中の古墳なんて開発でほとんど消されてしまうのに、千年以上経った今でもあるのはすごいよ」
 姉の目は看板の説明を読んだり古墳を眺めたりと忙しい。すっかりメイクが落ちた顔は艶やかで輝いている。
 「古墳って、消されてしまうの?」
 王族の墓である古墳が簡単になくなるなど信じられない。
「そう。遺す想いが心がなければ、後世に伝わらないの」
「そうだったのか……」
「そう……そうだよ!」姉は何か思い付いて手を叩き、「彼女へのプレゼントも心が大事。自分の心で伝えな」と、したり顔になった。
 姉のこの顔はいつもむかつくけど――、
 「そうだね、ありがとう」
 独りで雑踏に踏み出す。
 僕の心をこめた贈り物で想いを伝えよう。
 「頑張れよ」
 ぐっと立てた親指と弾ける笑顔に見送られた。

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