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枯れたキュウリ

  • 2020年10月09日

枯れたキュウリ

小橋口ひろし

 松本茂雄は、深夜に短編小説の着想がわき、小玉電球をつけて、枕元のメモ用紙に書きつけた。隣で寝ている老妻の美菜子が、小玉をつける音に気づかずに寝息を立てている。
 朝飯を食べるとすぐに原稿用紙を取りだして執筆し始めた。午前10時ごろには脂がのってきて鉛筆からすらすらと文章が流れ出てくる。この調子、と思ったそのとき、「あなたァ、ホームセンターに一緒に行って」と、美菜子が言う。
 いつもこれだ。女房は人の出鼻をくじくタイミングを知っている。茂雄は「あとからにしてくれ」などと言うと夫婦喧嘩になると思い、いさぎよく鉛筆を置いた。
「なに買うんだ」
「キュウリの苗と土を買うのよ」
 昨年、女房はベランダでミニトマトとナスビを栽培した。ミニトマトは沢山生ったが、どれも皮が厚く、歯ごたえがあり過ぎるほどあった。ナスビは褐色の斑点があったが、毒ではないと思って味噌汁の具にして食べた。べつに下痢はしなかった。
 茂雄は妻を車に乗せてホームセンターに向かった。美菜子は腰痛のため培養土の袋を運んだり、車に積み込んだりできない。

 20年前、茂雄は60歳で教職を退職して、旭文化センターの「短編を書く」という講座を受講し始めた。短編はよく読んでおり、自分も書いてみたいと思っていた。
 しかし、短編を読むのと書くのとではまるっきり勝手が違った。だいたい、原稿用紙の書き方が分からない。神の視点とか、改行とか、カタルシスとかを初めて知った。書きあがった原稿用紙を左上で閉じて受講生に配布したら、「閉じるの、右上でしょ」と注意された。
 それでも、自分の作品を批評されたり、小説の書き方の本を読んだり、見よう見まねで、何とか様になってきた。
 受講し始めて10年目、70歳のとき、短編をある地方の文芸祭・小説部門に応募したところ佳作に入った。茂雄は「やった!」と、飛び上がって喜んだ。
 翌年も別の文学賞で「佳作」に選ばれた。それ以来、茂雄は佳作以上を目指して80歳の今日まで執筆を続けてきた。

 約2週間後、キュウリの茎が1メートルほど伸び、黄色い花が咲いて、キュウリが3本生った。皮が厚かったが、現地直送のみずみずしさがあった。
 しかし、それ以降は、花が咲いても、小指ほどの実をつけても、害虫のせいか、どれもこれも枯れてしまった。
 その後、2週間ほど茎が伸びていき、1メートル半ぐらいの高さになった。先端辺りに、くしゃくしゃの葉を何枚かつけていたが、それより下の葉は全て枯れ落ち、曲がった茶色の茎が無惨に残っていた。
 茂雄は、これで、このキュウリも終わりかと思った。
 枯れた茎を見ていると茂雄の人生と重なった。キュウリの茎はひょろりと長い。茂雄はのっぽで、中学生のころのあだ名は「ひょろ松」だった。
「あなた、このキュウリ、もうおしまいね。目障りだから、引っこ抜こうか」と美菜子が言う。
「そんな残酷な。このままにしとけばいいよ」
 妻は短気で困る。この前も書斎に入ってきて、「また性懲りもなく短編書いてるの?一銭の得にもならないのに。ちょっと佳作を取っただけで、あれからなァんにも賞を取ってないじゃない。あんたには才能がないのよ。諦めて、ベランダ菜園でもやったら?」と言った。
 美菜子の言うことは本当かもしれないと思ったが、執筆は黙々と続けていた。
 ある日、散歩中に石につまづいて倒れ、足首の骨を折ってしまった。全治3ヵ月だ。その日から足首を固定し、両手で杖をつく生活となった。
 頭の中が枯れ果て、鉛筆を持つ気力もなく、飯を食べ、寝て、ただ生きながらえているだけの老人になってしまった。
 そんなある日、杖をついてベランダに出て、キュウリの茎を見た。枯れ死寸前である。
「お前は、人間で言ったら俺と同じ80歳ぐらいだろうな」と、つぶやきながら、ふと先端の葉っぱの茂みの中を覗くと、黄色い葉と葉の間に七、八センチのキュウリが生っている。
 なんという生命力!
 最後の最後の力を振り絞って、キュウリの実をつけたのだ。
 茂雄は書斎に行って机に座ると、原稿用紙を取り出し、鉛筆を握った。

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