Voicy
Voicy
Voicy
Image is not available
Image is not available
Image is not available
Image is not available
Image is not available
Image is not available
Image is not available
Image is not available
Slider

思い出は一つとは限らない

  • 2021年11月12日
芝の上にある野球ボール
思い出は一つとは限らない

 本当は逆なんじゃなかろうか。両手をメガホンにして声を張り上げていた私は、ふと我に返った。目の前で繰り広げられるプロ野球の試合に熱狂的な声援を送る私。その隣の席で熱心に本を読みふける父親。世間的には父親が試合に熱中して、子供が冷めた顔してスマホを弄ってるもんじゃないのか。目の端に留まった親子連れの姿に疑問が沸き上がったが、周りの熱い声援にすぐ霧散した。バッター空振り。スリーアウトチェンジ。今からドラゴンズの攻撃だ。

「父さん、今週の金曜日空いてない?バイト先の先輩から野球の観戦チケットもらったんだけど!」
「お、いいよ。その日はちょうど父さんも休みだ」
 父に野球観戦の趣味はない。恐らく未だにイチロー、ゴジラ松井で記憶が止まっているだろう。でも私の興味ある所に付いていくという教育方針だから、誘いを断られたことはない。
 一緒に野球観戦してくれる恋人もいなければ、友達もいない、一人で観戦する度胸のない私にとって、例え野球に興味がなかろうと父の存在は神にも、生贄にも等しかった。つまらない時間を過ごさせるだろうが、一年ぶり、生での試合観戦。私は興奮が収まらなかった。父には試合後、夕飯でも奢って我慢してもらおう。
 試合当日。私は大学の授業を受けた後に、父とバンテリンドームで落ち合うことになっていた。ダッシュで乗り込んだ地下鉄東山線の電車、汗を拭うと手に持っていた携帯が一回震えた。ちらりと画面に視線をやると、父のフルネームが表示されている。
『図書館にいる』
 どこだろうと一瞬首を傾げかけ、ああ、あそこかと思い当たった。行ったことはないが、駅からバンテリンドームまで歩く際、看板を見たことがある。
 初めて足を踏み入れる図書館は、本に興味のない自分でさえ神聖だった。試合前と同じようなわくわくと、背筋がしゃんと伸びる感覚が入り交じり、唾を飲む。自動ドアに歓迎されると、真っ先に目に入ったのは、平日にも関わらず本を持ち静かに貸出列を作る会社員、おばあちゃん、子供、まさに老若男女の列だった。列を横目に奥に足を進める。突き当りの右、座れる段差で、父は熱心にページをめくっていた。そっと近づいたぐらいでは父は私に気づかず、二回、三回と呼び掛けて、漸く父は顔を上げた。その顔はまるで、魂を本に置いてきたようだった。
「……いや、面白い本に出会ってしまったよ」
 私に言っているのか、それとも自分に言っているのか。父は未だ魂を本に引っ掛けたまま腕時計を確認すると、もうこんな時間かと呟いてすたすたと歩きだした。本を手にもったまま図書館を出ようとするもんだから、私は慌てて父の腕を取る。
「本、返さなきゃ」
 腕を取られ不思議そうに瞬きを繰り返していた父は、その言葉を聞けば子供のように無邪気に笑った。
「ああ、もう借りたんだ。貸出カードを作るとわくわくするなぁ」
 以降、この調子でずっと本を読んでいる。ドラゴンズの勝利で選手がガッツポーズをしたときも、観客が興奮冷めやらぬまま帰り支度をしていても、今こうして祝勝会と称しご飯を待ってる時だって、父は本から片時も目を離さなかった。流石にテーブルの上にきしめんが並べば、汚さないようにそっと、カバンの中に本を仕舞ったけども。
「父さんが本好きなの知ってたけど、そこまで好きなのは知らなかったな」
「本当に面白い本に出会ってしまったんだよ」
 じっくりときしめんを嚙みしめているのか、本の内容を噛みしめているのかわからない表情で父は頷いた。しかし急に魂が現実に戻ってきたのか、私と視線を合わせた父は、いつになく真剣な眼差しだった。
「誘ってくれて、ありがとうな」
 まさか感謝されるとは思わなかった。私は口元まで運んだ箸を止めて、そのまま戻した。本当は逆なんじゃなかろうか。私がお礼を言って、父は感謝されるべきなんじゃないか。そう思いかけて、止めた。
「こちらこそ、ついてきてくれてありがとう」
 父と野球観戦をした私。私の誘いで素敵な本を見つけた父。ちぐはぐで、最高の思い出を共有した親子は、ひっそりと笑ってきしめんを食べた。

タグ
· ·
カテゴリー
ヒューマンドラマ

コメントはこちらから

メールアドレスが公開されることはありません。

※作品に対する温かいコメントをお待ちしています。
※事業団が不適切と判断したコメントは削除する場合があります。

eskişehir bayan escort - escort eskişehir - eskişehir escort - izmir escort bayan - escort