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JR名古屋駅
帰省のお土産
朗読:園田裕史
  
舞夢プロ

 残業して疲れた体で夜八時過ぎに家に戻ると、姉が居間にいた。姉は目が合うと、片手を上げて「お帰りなさい。おじゃましてます」と言った。
 僕より三歳上の姉は十年前に結婚して、今は義兄の転勤で東京に住んでいる。今回は六歳になる姪のゆうちゃん、一歳になったばかりの甥のはるき君も連れての帰省だった。
 はるき君を寝かしつけたばかりの久しぶりに会う姉はにこにことしていた。
 一緒に食卓を囲むと、姉の幼い頃とよく似た顔をした姪のゆうちゃんが笑顔でお菓子を手渡してくれた。個包装されたういろうだった。
「ありがとう」
と思わずつられて僕も笑顔でお礼を言いながら、白いういろうを頬張る。
 生まれも育ちも名古屋の自分が、東京生まれのゆうちゃんに地元の名物であるういろうを勧められるのも変な気がした。でも案外、名古屋土産って東海地方以外からのお客さんと接する時しか食べない。久しぶりに食べたが美味しかった。
「ゆうちゃん、今日はどこに行ってきたの?」
「名古屋城だよ」
「面白かった?」
「うん」
 僕はしばらく名古屋城にも行ってない。いつでも行けると思うと名古屋の観光地にそんなに行きたいとは思わない。やっぱり東海地方以外からのお客さんが来た時に連れていく感じだ。東京に引っ越した姉、東京で生まれた姪、甥に少し距離を感じて寂しく思った。そんな気持ちを心の奥底にしまい、僕はゆうちゃんの相手を続けた。

 二人の会話が途切れた時を見計らって、姉が僕に話しかけてきた。
「今日ね。名駅から名古屋城に行くときのタクシーの運転手さんがすごく親切だったんだ。ゆうも、はるきもまだ小さいでしょ。ベビーカーもあったし、移動は大変かなと覚悟してたの。でも運転手さんがゆうに飴をくれたり、荷物の上げ下ろしとかも手伝ってくれたの」
 へえ、と適当に相槌を打ちながら話を聞き続けた。まだ独身の僕には子連れの移動の大変さについては実感としてよく分からない。でもたしかに姉一人だけでは六歳と一歳の二人の小さな子を連れて、ベビーカーや宿泊用の荷物を持ちながらの移動は大変だったろう。
「どうしてこんなに親切にしてくれるのかな、って不思議に思ったの。それで運転手さんに率直に訊いたの」
 ここら辺の姉は結婚前と少しも変わっていない。気になったことはすぐに訊く。引っ込み思案の僕とは全然違うところだ。
「そうしたらね、運転手さん、何て言ったと思う?私たちの前のおじいちゃんのお客さんがね、お釣りを受け取らなかったんだって。その代わりに次に乗るお客さんに親切にしてあげてくれってね、そう言われたんだって。数千円のお釣りをその人受け取らなかったんだって。その人、いつもお釣りは受け取らないことにしてるんだってさ。運転手さんが次のお客さんに親切にすればどんどん善いことが広がって、回りまわって自分にもっと大きくなって返ってくるはずだ、って笑いながら言ったんだってさ」
 僕はそれを聞いて、「へ~」という間の抜けた相槌しか打てなかった。今時、そんなバブル期みたいな人もいるんだ、って最初は思った。でも、こんな不況の今でもそんな風に思って実行できる人ってかっこいいな、とも思った。僕は自分の器の小ささを隠すように姉におどけて言った。
「じゃあ、このお土産のういろうも、その善いことのおすそ分けなんだね」
「そうそう」と姉と姪のゆうちゃんはよく似た無邪気な笑顔で口をそろえた。
 それでは遠慮なく、改めてもう一つ、今度は黒っぽいういろうを一つ取って頬張る。
 美味しいだけじゃない。何ていうか、やさしい味が口の中に広がった気がして、仕事の疲れも癒されていく気がした。やさしさのおすそ分け、僕も明日会社でしたいな、と自然に思えたことが嬉しかった。

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ヒューマンドラマ

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