小説の応募
Slider

カテゴリー

デキモノ

  • 2020年10月12日

デキモノ

富田裕子(劇団シアター・ウィークエンド 劇団員)

 朝、目覚めて鏡を見ると、右目のまぶたに大きなデキモノができていた。
化粧で隠せるものでもなく、仕事を休むわけにもいかず、憂鬱な週の始まりだった。
自宅を出る前に夫と会話をしたのは、5回・・・・いや、4回だったか。
「おはよう」
「トイレは私からね」
「今日朝礼があるから早めに行く」
「いってきます」
職場に行くと同僚たちから、あいさつより先に右目のデキモノをつっこまれた。
それくらい、目立つ。
気にしていると、調子のいい同僚に言われた。
「みさこさん、そんなに気にすることないですよ~。
だってそのデキモノ、おっぱいみたいでかわいいです!うふっ。」
ぷりっと腫れていて、先っぽはツンとしていて、おっぱいの様だからかわいいって?
私は、わざとひきつった顔で笑い返した。
定時で会社を出て、そそくさと帰宅した。
そして夕飯ができた頃、夫が帰ってきた。

「ただいま」
「おかえり」

毎日この狭いアパートの小さな食卓で夕食をとる。
子どもができたら家を買おう。
なんて言っておきながら、もう5年この1LDKに住んでいる。
食卓だって夫が独身の時から使っているものだ。
夕飯を食べながら、夫は機嫌よさそうにこっちを見ている。
けど、私を見てはいない。
私ごしのテレビを見ている。
私の目の上に今朝突如出現したおっぱいには気づかないけれど、バラエティ番組のグラビアアイドルのおっぱいには夢中なのね。
はぁ・・・・ため息。
CMに変わると、急に驚いた声で夫が言った。

「右目、どうしたの!?」

この瞬間、私は決心した。
このひとと離婚しよう、と。

夫がお風呂に入っている間に、私は独身の友人に電話をした。
友人は「またぁ?」と文句を言いながらも、私の愚痴を受け止めてくれる。
やっぱり女友達はいいよね。
小さな変化に気付いてくれて、髪型を褒めてくれて、一緒に怒ってくれて、くだらないことにも笑ってくれる。
夫とは、違う。

長湯の夫はたっぷり40分かけて風呂場から出てきた。
かと思うと、
「あーっ!忘れてた!あれ、玄関におきっぱなしだ。」
と言って玄関に行き、レジ袋を持って戻って来た。
「これこれ。コンビニでスイーツ買ってきたんだった。みさこ、甘いもの好きでしょ。
ねえ、これってサプライズじゃない?」
夫は自慢げだった。
はぁ?この程度でサプライズ?むしろそんな夫に対してサプライズだわ。
そして私は思わず言ってしまった。
「サプライズで買ってくるなら、せめてデパートに売ってる話題のスイーツや花束とかなんじゃない?」
すると、夫は少し考え込んだ後、何かにひらめいて外へ飛び出して行った。
今度はいったい何???
2階の窓から見下ろすと、夫は道端に咲いているシロツメクサを摘んでいた。
やだ、信じられない・・・・。
私はしばらく唖然としていたが、とうとうふき出してしまった。
このひとはちょっとズレてるんだと思う。
結婚する前は夫のこういうところに魅力を感じていたんだっけ。
結婚して一緒に生活すると、そうもいってられない。
この先もきっと、何度も同じ苛立ちがあるんだろうな。
けど・・・今回は、まあ、いっか。
離婚は、延期。

夫が買ってきたスイーツは、パスコの「生なごやん」だった。
創業100周年記念商品で「生」タイプの「なごやん」らしい。
夫はそれを意識して選んだのかは疑問だけれど、スーパーで売られているのを見て気になっていたものだ。

「うわっ、本当だ。なごやんが生!おいしい。」
「よかった。」

「右目、早く治るといいね。」

コップに生けられたシロツメクサは、小さな食卓と調和して、意外にもとてもかわいらしく見えた。

タグ
·
カテゴリー
ヒューマンドラマ

コメントはこちらから

メールアドレスが公開されることはありません。

※作品に対する温かいコメントをお待ちしています。
※事業団が不適切と判断したコメントは削除する場合があります。

Voicy Novels Cabinet