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ラクダ
平吉の文政十年日記
朗読:道家一子
  
演劇人冒険舎

文政十年
一月晦日
 あす父さんとらくだを見に行く。
 とても楽しみだ!
 去年、らくだが大須の見世物小屋に来たとき、うちの寺子屋じゃ呉服屋の国松だけが見に行っていて、自慢されまくったやつだ。からだが大きくて、背中に大きなこぶがあるらしい。
 国松の所は金持ちだから、らくだ凧とらくだ双六、それから妹のみつにはらくだ雛を買ってもらっていた。
 寺子屋帰りに見せてもらって、ほんとうに羨ましかった。
 国松によればらくだは、大きな黒い目をしていて、ものすごく長いまつ毛をしているらしい。しかもお金を払えば餌までやらせてもらえるらしい。
とってもとっても楽しみだ。
早く明日にならないかなあ!

二月朔日
 とうとうらくだを見た!!!
 桟敷に座って見るらくだは、本当に大きかった。
 背中のこぶは最初きれいな外国の布におおわれていたけど、あとから布をとったら、不思議な形をしていた。
 外国の服を着たおじさんが言うには、水の少ない国の生き物だから、ここに水が入っているのだという。生まれつき穏やかな性格をした生き物で、その毛を持っているだけで、疱瘡にかからずにすむらしい。
 それからおじさんは、らくだに大根のしっぽをやって見せた。
 らくだはほとんど噛まずに飲み込んでいた。
 「餌やり四文」とおじさんが言うから、僕は父さんにお願いして、お願いして、サツマイモのかけらを買ってもらった。
 らくだの口にサツマイモを差し出すと、にゅるっと、何とも言えない色をした長い舌がでてきた。
 僕の手からサツマイモを舌でまき取ると、らくだは噛まずに飲み込んだ。
 らくだの舌はなま温かくて、よだれもだらだら出ていた。
 口のなかにちょっとさわったけど、上の前歯がなくて、くちびるがやわらかかった。
 国松が言っていたように、まつ毛がすごく長くて、まばたきで風が来そうだった。それから鼻息がすごくて、こっちは本当に風がきた。
 こんな生き物が、今ここで生きているんだと思ったら、すごく不思議な気持ちになった。
 そのあと、熱田さんへ「おついたち参り」に行った。
 手水で手を洗うとき、内緒だけど、ぼくは洗ったふりだけをした。
 神さまの場所にらくだのよだれをつけたまま入ったらバチがあたるかもしれない、と思ったけど、よだれといえどもすぐに洗ってしまうのがもったいなかったんだ。
 見世物小屋でも、らくだの毛が、疱瘡除けのまじないになるって売っていたから、よだれも何かに効くかもしれないし。

 家に帰ったら母さんにらくだを見に行ったことがばれていて、父さんと二人、こっぴどくしかられた。
 たぶん番頭が告げ口をしたんだと思う。
 母さんはぼくたちを正座させると、仁王立ちのまま「高い見世物小屋なんて見に行って」とか「ついで参りなんてしたらバチがあたる」とか、色んな事を言って怒っていた。
 父さんは小さくなりながら、「二年続きでらくだが来たから今年は人気薄で安くなってたんだ。平吉もずっと見たいと言っていたし。三十二文だった見物料が今年は二十四文に値下がりしてたんだ。」とかしどろもどろで言っていた。
 でも、「いつも「おついたち参り」の帰りに食べる十六文のきしめんを我慢して帰ったから、ひとり八文くらいしか足がでてない」、とか言っちゃうから、「毎月買い食いして帰ってきてるの!」とまた雷が落ちていた。
 僕は、「サツマイモを四文で買ってもらったから、ひとり十文足が出たんじゃないか」、と思ったけど静かにしておいた。
 口はわざわいのもと、という言葉を、ぼくは父さんを見ていつも実感する。
 色々あったけど、ずっと見たかったらくだが見れて、今日は本当に良い一日だった!

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歴史・時代

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