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シロツメクサ
デキモノ
朗読:堀優子
  
劇団劇座

 朝、目覚めて鏡を見ると、右目のまぶたに大きなデキモノができていた。
化粧で隠せるものでもなく、仕事を休むわけにもいかず、憂鬱な週の始まりだった。
自宅を出る前に夫と会話をしたのは、5回・・・・いや、4回だったか。
「おはよう」
「トイレは私からね」
「今日朝礼があるから早めに行く」
「いってきます」
職場に行くと同僚たちから、あいさつより先に右目のデキモノをつっこまれた。
それくらい、目立つ。
気にしていると、調子のいい同僚に言われた。
「みさこさん、そんなに気にすることないですよ~。
だってそのデキモノ、おっぱいみたいでかわいいです!うふっ。」
ぷりっと腫れていて、先っぽはツンとしていて、おっぱいの様だからかわいいって?
私は、わざとひきつった顔で笑い返した。
定時で会社を出て、そそくさと帰宅した。
そして夕飯ができた頃、夫が帰ってきた。

「ただいま」
「おかえり」

毎日この狭いアパートの小さな食卓で夕食をとる。
子どもができたら家を買おう。
なんて言っておきながら、もう5年この1LDKに住んでいる。
食卓だって夫が独身の時から使っているものだ。
夕飯を食べながら、夫は機嫌よさそうにこっちを見ている。
けど、私を見てはいない。
私ごしのテレビを見ている。
私の目の上に今朝突如出現したおっぱいには気づかないけれど、バラエティ番組のグラビアアイドルのおっぱいには夢中なのね。
はぁ・・・・ため息。
CMに変わると、急に驚いた声で夫が言った。

「右目、どうしたの!?」

この瞬間、私は決心した。
このひとと離婚しよう、と。

夫がお風呂に入っている間に、私は独身の友人に電話をした。
友人は「またぁ?」と文句を言いながらも、私の愚痴を受け止めてくれる。
やっぱり女友達はいいよね。
小さな変化に気付いてくれて、髪型を褒めてくれて、一緒に怒ってくれて、くだらないことにも笑ってくれる。
夫とは、違う。

長湯の夫はたっぷり40分かけて風呂場から出てきた。
かと思うと、
「あーっ!忘れてた!あれ、玄関におきっぱなしだ。」
と言って玄関に行き、レジ袋を持って戻って来た。
「これこれ。コンビニでスイーツ買ってきたんだった。みさこ、甘いもの好きでしょ。
ねえ、これってサプライズじゃない?」
夫は自慢げだった。
はぁ?この程度でサプライズ?むしろそんな夫に対してサプライズだわ。
そして私は思わず言ってしまった。
「サプライズで買ってくるなら、せめてデパートに売ってる話題のスイーツや花束とかなんじゃない?」
すると、夫は少し考え込んだ後、何かにひらめいて外へ飛び出して行った。
今度はいったい何???
2階の窓から見下ろすと、夫は道端に咲いているシロツメクサを摘んでいた。
やだ、信じられない・・・・。
私はしばらく唖然としていたが、とうとうふき出してしまった。
このひとはちょっとズレてるんだと思う。
結婚する前は夫のこういうところに魅力を感じていたんだっけ。
結婚して一緒に生活すると、そうもいってられない。
この先もきっと、何度も同じ苛立ちがあるんだろうな。
けど・・・今回は、まあ、いっか。
離婚は、延期。

夫が買ってきたスイーツは、パスコの「生なごやん」だった。
創業100周年記念商品で「生」タイプの「なごやん」らしい。
夫はそれを意識して選んだのかは疑問だけれど、スーパーで売られているのを見て気になっていたものだ。

「うわっ、本当だ。なごやんが生!おいしい。」
「よかった。」

「右目、早く治るといいね。」

コップに生けられたシロツメクサは、小さな食卓と調和して、意外にもとてもかわいらしく見えた。

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ヒューマンドラマ

コメント

  • おっぱいみたいなデキモノが気に入ってしまいました。
    どうかこの二人がずっとこうやってなんだかんだいって寄り添っていってほしいと思いました。

    とおりすがり 返信

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