NAGOYA Voicy Novels Cabinet

梅が咲いたら卒業式

高三の二月の下旬。
私は梅が好きだけど、今年は咲くなと願っていた。
梅が咲くのは卒業式のころだから。
咲けば卒業式がやってくる。そして卒業したらチカが地元を離れて東京の大学に行ってしまう。
そんな卒業式なんて来なければいい。
そう考えてばかりいたら、梅が咲くのが嫌になった。梅のせいで卒業式が来るように思えた。
私にはチカの上京にも、卒業にもどうすることはできない。だから全部を梅のせいにして梅が咲かない内は安心だと思うようにした。
そうすると何も解決していなくても少しだけ気持ちが楽になった。
だけどそれもずっとは続かなかった。
ついに梅の花が開き始めていた。
気付けば卒業式まであと一週間だった。

「年明けくらいはまだ卒業って気分でもなかったけど、もうすぐなんだよね」
チカは教室から誰もいないグラウンドを見下ろして言った。私とチカは自由登校となってからも教室で毎日を過ごしていた。
チカの登校理由は「制服着られるのももうちょっとだから」ということだった。
私はチカが来るから登校している。
今まで、チカとは幼稚園の時から何をするにも一緒だった。部活でも遊びでも常に隣にはチカがいて、それが当たり前で普通だった。
もう少しでそれも終わってしまうけれど。
 「そういえば昨日、帰る途中で梅が咲いてるの見たよ。ほら、公園の池の辺りで。ミチ、梅好きだったよね」
私は突然の梅の話にびっくりした。チカに頭の中を覗かれたような気がした。私の悩みがバレているような気分になった。
でも私はあくまで普通に答える。
「うん。好きだよ」
「でしょ。そういうの覚えてるんだよね」
チカが自慢げに笑った。
いい笑顔だけど、私は話を逸らそうとした。
「チカは梅より桜の方が好きだったよね」
「うーん、どっちかっていうと桜の方が好きかな。見た目もだし、桜餅好きだし。ミチもさすがに酸っぱい梅より甘い桜餅でしょ?」
「わかんない。私、桜餅食べたことないんだ。梅干しはよく食べるけど」
「それだ!」
チカがこちらに身を乗り出した。何かを待っていたかのような反応だった。
チカの目は輝いていた。
「桜餅を食べたことないのに高校は卒業できないよ!」
私にはさっぱりだけど、チカの中では成立しているらしい。妙に納得した雰囲気で、一人頷いている。
「だから桜餅を食べよう。せっかくだしそれでお花見でもしよう!」
チカの言いたいことはそれで終わったらしい。チカはすごく満足げな顔をしていた。
それは私にとっても嬉しい誘いだった。でも私の口から出てきた言葉は違った。
「お花見なんてできないよ」
言ってしまったと思いながら私は続けた。
「だってそうでしょ? 桜が咲くころにはもうチカは東京じゃん。もう会えないでしょ」
チカは最初はポカンとしていたが、次第に悪戯っぽく笑い始めた。
「なんだ、最近様子がおかしいと思ってたらそんなこと考えてたんだ」
私は何も返事ができない。
チカは続けた。
 「東京に行っても、ずっと私はミチの友達だよ」
 私がまだ何も言えないでいると、チカの顔が少し赤くなった。
 「何か言ってよ。私だけこんなこと言って、恥ずかしいじゃん。もう!仕返しだ!」
 チカが私を急にくすぐりだした。
 私はあまりにくすぐったくて堪えきれずに笑ってしまった。
 一度笑うと、後はもう沢山笑った。最近笑っていなかった分もまとめて笑った。すると段々と私の悩みが大したことではないと感じ始めた。
 卒業が終わりではないのだ。
 私もチカも笑っていた。
 「それにお花見はできるよ。ミチの好きな梅があるじゃん。卒業式の後にお花見しよ」
 遠くにチカが行っても関係が変わるわけじゃない。
 梅も高校卒業も桜餅も、どれも楽しみになってきた。
 「チカ、ありがとね」
 「いいよ。何年一緒だと思ってんのよ」
 私も少しは変われそうな気がした。

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