NAGOYA Voicy Novels Cabinet

DX茶室

茶筅と抹茶

 ついに、203X年11月某日の今日。東山荘に誕生した最新式の茶室がお披露目される。奇しくも、そのお披露目茶会の千分の一の抽選に当たったので、心躍らせてやってきたのである。その名も「デジタルトランスフォーメーション茶室」。
 まず、受付で眼鏡のようなものを渡された。レンズに文字が映し出されている。最近では珍しくなくなったスマートグラスのようだ。
 係の人の案内に従って、早速装着して、茶室の躙口から、頭を低くして体を滑り込ませる。すると、座った畳がそのまま勝手に動き出すではないか。「あらあら」と思っている間に、床の間の前まで移動する。全ての畳が30センチ四方になっていて、それらが自動的にパズルのように動いているのだ。躙る必要も立ち上がる必要もない。感動して勝手に命名。「my畳」
 自動的にたどり着いた床の間で、御軸を見ると、全く読めない墨蹟である。いつもなら恥を忍んで後で亭主に尋ねるのだが、そんな必要はなさそうだ。既に、スマートグラスに読み方と解説まで表示されているのだ。これなら頓珍漢な読み方をして恥をかくこともない。「助かる」
 次に、my畳に点前座まで運んでもらい、漆塗りの棚に飾られた点前座の道具を拝見する。そこでも目を疑う。何故か石臼が据えてある。石臼は茶葉を粉末状にする際に使うものなので、茶室には出されないはずである。また、隣に目を移すと、炉壇に、釜が見当たらないし、炭もない。準備をし忘れたのかと訝しむ。
 全員の席入りが終わると、茶道口が開いて、亭主が「一服さしあげます」と言って入ってくる。亭主もやはりmy畳に乗っており、本来手に持って出てくるはずの茶碗や建水も畳に置いたままだ。「なんと斬新」
 亭主は、点前座に落ち着くと作法に則って淡々と進めていく。そろそろお湯をくむ段になって、茶道口が自動的に開くと、次の瞬間場が騒然とした。釜が歩いて出てくるではないか、4本の足とふさふさの尻尾をだして。炉壇の所までくると足を片付けて、収まった。亭主は落ち着いた口調で「あのぶんぶく茶釜が密かに尾張藩に伝わっており、昨年発見されました。狸が臍でお湯を沸かしていますので、炭がいらないのです。」と説明するではないか。「まさか昔話の狸が目の前に」
 驚きの騒めきが収まらない内に、亭主は、石臼の挽き手に手をかけると、力のこもった声で「抹茶」と言って、右に回す。すると、石臼から鮮やかな緑色の抹茶がでてくるではないか。暫くして、今度は左に回すと抹茶が出なくなった。これは、欲しいものが出てくる石臼。まさか本当に存在するとは。海の底から発見されたのか?「伝説の塩ふき臼」
 再び驚きの騒めきが茶室を包む中、また茶道口が開いて、何かが飛んでくる。超小型のドローンだ。私の前までくると静かに畳に降りる。ドローンには亥の子餅が乗せられている。亭主から「お菓子をお召し上がりください」と声がかかるので、おそるおそるドローンからお菓子を受け取る。
 続いて、亭主はお茶を点てるために茶筅を手にとったが、どうも普通の茶筅と違う。自動的に振動しており、まるで竹でできたハンドミキサー。おもむろに抹茶茶碗に入れると瞬く間にクリーミーな抹茶ができあがる。すると、さっきのドローンが再び飛び回る。亭主が、ドローンに抹茶茶碗を乗せると、ドローンが運んでくれる。ドローンにAIが搭載されて、自律的に動いているのだ。運ばれた抹茶を飲み干し、茶碗を拝見し始めると、今度は茶碗の情報が、スマートグラスに表示される、この茶碗は御深井焼とのこと。名古屋城内で焼かれたものらしい。「便利すぎる」
 しかし、先程から茶室が急にやけに静かである。何かあったのかと見渡すと、連客が皆、足をさすっている。そういえば自分も足の感覚が怪しい。少し足を動かすと、「じーーーん」。目新しさに気を取られていて気付かなかったが、しっかり足が痺れてしまった。普段のお茶会ならもう少し動く場面があるので、こんなに早く痺れないのだが。よく考えたらmy畳の上から全く動いていない。人間の方がDX茶室についていけなかったのだ。そういえば御軸は「看脚下」。

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