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鬼まんじゅう

鬼まんじゅう

  ぼくは神奈川県の専門学校を卒業後、三河にあるソフトウエア会社に就職してプログラマーとして働き早3年経った。3年て言うキャリアは仕事に慣れてきて少しマンネリを感じ始める頃だ。
 毎朝コーヒーをすすりながらパンをかじって、アパートからチャリを飛ばして最寄り駅に向かう。電車降りた駅から徒歩10分の所にあるオフィスに着いてPC立ち上げてからはひたすらキーボードとの戦いが始まる。
 朝食のパンにはこだわりがある。引っ越して来て直ぐ、近所に渋いパン屋を発見。そこのバゲットが即大好物になった。外側パリパリ中はもっちりで香ばしい美味しさがコーヒーにとても良く合う。朝食摂らないと午前中の仕事効率が上がらないから必ず摂る事にしている。
毎日朝から晩まで画面にのめり込み、いつしか猫背になり、視力は落ち、肩がカチカチになる。こんな日々が続いても何とか充実感が維持できるのには秘訣がある。
 それは趣味の料理だ。料理ってクリエイティブな理系の儀式だと思う。朝、冷蔵庫の在庫をスマホで写真に撮り、夜までにメニューを気分で決め、不足材料を帰り道のスーパーで揃える。隣の県に日本刀の伝統的名産地があり、その由来でよく切れる包丁がリーズナブルな価格で入手できた。
 これがまた良い。
柄を握った時、手首にかかる程良い重さが加える力と合わせて肉や魚、野菜に伝わる。そしてまな板からの軽い反発。下ごしらえや火を通して香辛料や調味料を加え完成に近づける、五感を動員して思い通りに出来た時は本当にうれしい。もちろんキレイに出来た時はSNSにアップする。そんなアナログ感を楽しみながら料理を作り上げるって事は仕事のデジタル世界とは全く対照的で新鮮。だけど空腹を手際良く解決するには段取りと手順が決め手。これは正に優れたアルゴリズムを意味し業務と完全一致。
 そんな理系料理オタクなぼくが今ハマっているメニューは鬼まんじゅうだ。
 これがすごく不思議な食べ物に思えて仕方が無い。
先ず、鬼まんじゅうはひらがな。鬼饅頭って漢字で書くと京都の伝統和菓子になるそうだ。この微妙なネーミング。
 戦時中のコメ不足に対する代用食として重宝したって言う記録が有ったけど、それが発祥では無く戦前から有ったらしい。
 材料は1cmのさいの目切りしたサツマイモ、薄力粉、それに砂糖と水だけ。愛知県はサツマイモの名産地と言う訳で無く、県別生産量でも20位辺り。これは隣の岐阜県の名物栗きんとんと比べて名産地のお墨付きに乏しい。
 同じ様に、地元と縁が無いけど選りすぐりの高級材料を使った三重県のあんこ餅が有るけど、あちらは物凄くありがたい神様がうしろだてになっているから比較は遠慮させて頂く。
 作り方は先程のシンプルな材料を混ぜて蒸すだけ。昔は家庭で良く作られていたと言うし、今はネットにレシピが載っていて誰でも作れる。それでも鬼まんじゅうが看板商品て言う老舗和菓子屋さんは県内に数件あって、プロの仕事はやはり美味しい。サツマイモには旬が有るけど鬼まんじゅうは真夏以外何だか食べたくなる時がある。
 で、自分でも作ってみる。ピーラーでサツマイモの皮をむき、例の包丁でさいの目に切り、水にさらして灰汁を抜き、砂糖をまぶして汗をかいたら粉と水を混ぜ、蒸し器のお湯を確認。お玉でげんこつの大きさにすくい上げ、蒸し器のキッチンペーパーの上にめいっぱい3つ並べ、タイマーをセット。暫くしてタイムアップの電子音。トングで取り出し皿に移して1個目を慎重に口に運ぶ。
 「熱ッ!」
口の中で転がし冷ます。少し冷めた頃ゆっくり噛んでみる。サツマイモの滑らかな抵抗ある歯応えとほのかな甘みと香りが口中に広がり鼻に抜ける。
「うーん美味しい、これは緑茶だな」
この愛知県と何のこだわりも無い食材の組み合わせが名古屋メシの定番お菓子で頑張っている。それって関東から来て愛知で頑張っているぼくに似て無くもないなあと思ってしまう。
 また明日も仕事に気合が入るぞ!

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