NAGOYA Voicy Novels Cabinet

踏切の幽霊

踏切

「あそこの踏切の近く、幽霊出るらしいよ」
ミナトが言った。
えー、とみんなが笑う。

でも僕は、ミナトが言うならそうなんじゃないかなって思った。
お調子者のアルマとかシオンが言うなら、嘘じゃないかって思うけど、ミナトはそういうタイプじゃないんだ。

「本当だよ。姉ちゃんが昨日見たんだ。赤ちゃんを抱っこしたお母さん。振り返ったら消えてたんだって」
「そんなの、普通に赤ちゃん抱っこしてるお母さんを見ただけじゃねぇの」
ケンタが聞いた。
「いや、違うんだって。姉ちゃんは赤ちゃんの顔も見えたらしいから、赤ちゃんはこう後ろから抱っこされてたんだ。そうすると手はこうなるだろ。でも、そのお母さんの手はこうだったんだってよ」
ミナトがケンタを使ってやってみせる。最初はミナトの手はケンタの左右からまわって、ケンタのへその辺りで交差していたが、次にやった手はケンタの両肩の上を通って、へその方にきている。ケンタがミナトをおんぶしているみたい。
「それはおかしいでしょ。もし本当に手がその位置にあったなら、赤ちゃんは下に落ちちゃってるはずだよ」
「だから、幽霊なんだって」
僕の質問に、ミナトが断言した。僕たち3人は考え込んだ。

その日の帰り道、ミナトと僕は校門の前でアキナちゃんを待つことになった。アキナちゃんはミナトのお姉さんで、6年生だ。
ケンタも来たそうだったけどトワイライトだから無理だった。トワイライトっていうのは学校内にある学童保育みたいなものだ。
校門の前で待っていると、
「踏切の幽霊を探しに行くわけ?」
アキナちゃんが来る前に、同じクラスのユウリが声をかけてきた。僕たちの話を聞いてたらしい。
「あそこの踏切ね、飛び込む人が多いんだって。」
余計なことを言ってくれる。少しだけ怖くなってきたじゃないか。
「もし、見に行くなら声かけてよ」
ユウリは興味津々だ。
「今から姉ちゃんに話を聞いて、その後(あと)行こうと思ってたんだ」
ミナトが言う。そうだったんだ、僕は、帰りたくなってきたな…。

授業が終わったアキナちゃんも、僕たちと一緒に踏切へ行くことになった。
「塾が終わってね、この角を曲がるでしょ、そしたら踏切の向こうに…」
踏切が見えた。遮断機は降りていて、カンカンという音がこだましている。
「え…?」
ユウリの声で気付いた。
女の人が赤ちゃんを抱いて立っている!
ガタンガタン…
よく見ようと思ったのに、電車が通っていく。
電車がいなくなると、親子は、いなくなっていた。
「ウソ…」
「行ってみよう」
ミナトに引っ張られるように、僕たちは踏切を渡る。そこには、

赤ちゃんを連れたお母さんがいた。
「ソウちゃん、危ないからあんまりそっちに行っちゃダメよ」
赤ちゃんはてこてこと歩いていく。突然座ったかと思うと
「アリ!」
蟻を見ていた。
「あのー、よくここに来るんですか?」
アキナちゃんが尋ねる。
「そうなの。電車が好きで、踏切に来ては電車を待ってるのよ」
おかしいでしょ、とお母さんは笑った。
よかった。幽霊じゃなかったんだ。
「それは?」
お母さんの腰に巻いてあるものを指して僕は聞いた。
「あ、これ?ヒップシートっていうの。椅子みたいに座らせられて、便利なのよ」
お母さんは赤ちゃんをヒップシートに座らせて見せてくれる。お母さんの両腕は、赤ちゃんの肩の上から股の間に降りている。赤ちゃんが大きければ、お母さんをおんぶをしているように見えるだろう。
じゃあ、あとは…
「電車が行ってしまうとすぐ降りて、タンポポとか、アリとか探しに行ってしまうのよ」
なるほどね。消えたように見えたのは、探検する赤ちゃんを追いかけていたからなのか。幽霊じゃなかったってことだ。
僕はほっと胸を撫で下ろす。
僕たちは顔を見合わせて微笑んだ。気のせいか、ユウリは少し残念そう。

「すぐそこの公園で、赤ちゃんと一緒に遊ぼうよ」
僕はそう提案して、お母さんと赤ちゃんを先導する。
少しの間だけでも、お母さんが座って休めたらいいな、そう思った。
赤ちゃんの探検に付き合うのは、そりゃあ大変だろうからね。

モバイルバージョンを終了