NAGOYA Voicy Novels Cabinet

神様の啓示

名鉄名古屋駅

大みそかの夜、私たちは名古屋で遊んだ後、初詣に向かった。名鉄名古屋駅から赤い電車に乗り込み神宮前駅に降り立ったのがすでに23時すぎ。新年は熱田神宮の人ごみの中で迎えた。
 男女三人ずつの六人。大学のサークルメンバーで全員とても仲がいい。
 しかし私はいつからか、このメンバーの中の一人、悟に特別な好意を持ってしまった。
 クリスマスに悟を呼び出し私から告白したものの、「今まで通り仲のいい友達でいて欲しい。」と言われ、あえなく撃沈。
 だけどこうして年越しイベントも一緒に過ごすことができているし、さっきのカラオケではさりげなく隣に座っても悟は別に嫌がるでもなくごく自然な感じだった。
(今は特別な感情は持てなくても、まだ脈はあるんじゃないか。何かのきっかけで、お付き合いに進展することだってあるんじゃないか?)
 熱田神宮の長い境内にひしめく参拝客の流れに乗ってゆっくりと本殿に進みながら、私はそんなことを考えていた。
 ようやくたどり着いた本殿の白いシートを張った賽銭投入エリアに、私は願いを込めて500円硬貨を投げ入れる。
(悟の彼女になれますように!)
5円の100倍の効果があるかどうかは分からないが、赤いしつけ糸が赤いミシン糸くらいにはなるんじゃないかという期待がこもっている。
 参拝を終えた私たちはダラダラと時間を潰した。終電はもちろんもうない。始発まではこうして過ごすしかない。
とりとめのないおしゃべりもだんだん眠気に押されてきた頃、ようやく始発電車が動き出した。
ひとまずみんなで名古屋駅まで帰り、そこからはそれぞれ帰路につく。
「それじゃまたね!」
尾張一宮駅に帰る私は、名鉄本線の岐阜行きに乗り込み席を見つけて座る。一人になると、突然強烈な眠気に襲われた。
 一晩外で過ごした体に足元の暖房が染みわたる。
ふと気づいた時、車内アナウンスが告げた。
「次は~笠松~笠松」
(しまった!乗り過ごした!)
私は慌てて席を立った。上りの電車に乗りなおさなければ!
降りたこともない笠松駅のホームに飛び降りた私は、急いで反対ホームへと駆け出した。
 幸い電車はすぐに来た。しかも空いている。
(今度は眠らないようにしなくちゃ。)
私はまだ薄暗い外の風景を睨みつけた。
風景はどんどんうら寂しくなっていく。
「次は西笠松~西笠松~」
聞いたこともない駅だ。私の中の不安がムクムクと膨れ上がる。
「次は柳津~柳津~」
私は車内の路線図を見上げて青くなる。
「これ、一宮に行かないじゃん!」
名鉄本線で笠松まで行った私は、名鉄本線の下り電車ではなく竹鼻線に乗ってしまっていた。
慌てて次の駅で飛び降りる。
「南宿?どこよそれ…」
初めて聞く名前の駅はまるで異世界のようで心臓がバクバクと鳴り響いた。
逆サイドの時刻表を見れば、笠松行きと書いてある。
とにかく間違えた地点に戻らなければ。
新年の切れるような冷たい空気に歯がガチガチと鳴る。
私は吹きさらしのホームで一人、震えながら祈るように電車が来るのを待った。
20分後、寒さも限界に達したころ、ホームに電車が到着し、遭難先で救助隊が来たような心持ちで私は二両編成のその電車に飛び乗った。
各駅停車で笠松まで戻り、上りの名鉄本線の電車に乗り直した私は、地獄の淵から生還してきたような気持になった。
(よかった。知ってる電車、知ってる駅。これで帰れる!)
寒さと心細さで折れそうだった私の心と体を、再び足元から立ち上る暖房が包み込む。次の瞬間…
「終点名古屋~名古屋~」
車内アナウンスに私は耳を疑った。
「えっ?」
安堵と暖房で寝落ちした私は、見事に尾張一宮駅を寝過ごし、数時間前みんなと別れた名古屋駅のホームに再び立っていた。
「わかった。わかったよ、神様…」
名鉄本線下りの電車を待ちながら、私は呟いた。
 一年の計は元旦にあり。要するに、このまま悟を想っていても紆余曲折の末、ふりだしに戻って結局友達どまりってことが言いたいんでしょ!
 私は熱田神宮で買った恋愛成就の御守をトイレのごみ箱に捨てると、淡い恋心をそっと封印した。

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