NAGOYA Voicy Novels Cabinet

理想の人

パーティー会場のワイングラス

「ライン、聞いてもいいですか?」
婚活パーティーに行く。何人かの女性と連絡先を交換する。ラインで一言二言やりとりする。それで終わり。誘っても既読がつかなくなったり、返事が返ってこなかったり。

何もしなければ何も起こらない。そう気付いたのは三十になった時だった。運命の人っていうのは、いつか、何かしらのタイミングできっと現れる。そう思って生きてきた。
通勤電車の中とか、本屋で同じ本を手に取るとか、そういう出会いが、いつか。
だがそんなものはないのだ。兎が切株に引っかかるのをただ待っているだけではだめなのだ。よし、婚活を、するぞ。

高い金を払って婚活パーティーに行くこと10回。俺の婚活は連絡先止まり。会いましょうと誘って会ってもらえた試しがない。俺の、何が、ダメなんだ?
人格を否定されているようで悲しくなってくる。
「何がダメなんだ?」
「え?」
ある婚活パーティーで、俺に全く興味のなさそうな女性を前に、心の声が口に出てしまっていたようだ。
終わった。今回はもうダメだ。そう思った俺は、そのまま彼女に話すことにした。
「何回婚活パーティーに行ってもダメなんだ。連絡先は交換してもその先に繋がらないんだ。君だって俺と食事に行ったりデートに行く気にはならないだろ?俺の何がダメなんだ?」
くりんとした目が困ったように細まった。
「あなたのことまだよく知らないのでわかりませんけど」と言い置いて彼女は言った。
「あなた、私に興味ないでしょ。それだけはわかりますよ」
俺は愕然とした。これまで自分が興味をもってもらうことだけを考えていたのだ、と思い知らされた。あまりにショックだったので、その日、どうやって家まで帰ってきたのか、わからないほどだった。

次の回から、俺は自分の話をすることではなく、相手の話を聞くことを意識するようにした。すると自然と自分のことも話すようになって、食事やデートの誘いも断られなくなってきた。
やったぞ!

しかし、深く話すからこそ気付くことがある。価値観の違いや言葉にならない違和感。俺はこの人が好きなのだろうか?
自問自答する日々が続き、ダラダラとデートを繰り返すうちに、スーッと消えるように関係が終わってしまう。
俺が何も言わないからだろうというのはわかる。付き合おうとか、結婚しようとか、言えばいいのだろう。とりあえず付き合ってみればいい。そうすれば…どうなる?好きになれるのだろうか。好きってなんだ?

もう何度目かわからない婚活パーティーで、俺は呟いた。
「人を好きになるって何なんですかね」
「前にもそんなようなこと言ってませんでした?」
クスクス笑う女性は、以前アドバイスを求めてしまったその人だった。小学校の先生をしている人で、千鶴と名乗った。
「随分雰囲気変わりましたよね。今度は何を悩んでるんですか」
「自分がその人を好きなのかどうかがどうにもわからなくて」
「以前よりだいぶマシな悩みですね」
千鶴はクスクス笑った。
「年が年ですから、相手のことを好きだって飛び込んでいくのは怖いですよね。同じくらいの想いが返ってくるとは限らないのだから」
千鶴も婚活を繰り返して疲れてしまったと語った。
「2人ともが、気持ちを少しずつ大きくしていけばいいと思うんです。この人となら一緒に大きくしていけるっていう人を選べばいいと思うんです」
なるほど。いい考え方だ、と俺は思った。
「ところで」
千鶴は悪戯っぽい顔で俺を見た。
「連絡先交換しませんか?あなたと交換しとけばよかったって、実は、ずっと思ってたんです」

この人となら、一緒に大きくしていけるかも、俺はなんとなくそう思った。

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