NAGOYA Voicy Novels Cabinet

夕方の恋人たち

線香花火

 「いなたい」
 ステージを覗きながら健次が言う。
「いなたいね」
私はそう言いながらにやりと笑って、後ろを向いた健次と目を合わせる。楽屋は私達だけだった。灰皿の上に置かれた煙草の今にも消えそうな火が、眩しく光っている。
 「健次も美和子もコワ」
 私の前に座ってた満が笑って言う。
「別にいなたいって褒めてるし、あんた聞いてもないじゃん。」
「聞いてないほうがコワだわ。」
健次が言う。隣では凜太が退屈そうに煙草を吸っている。
今日来ているライブハウスHACKFINNは、今池駅から7分くらい。今池にはライブハウスが多くてよく来る。駅を出るとすぐにボトムラインという、わたし達では到底出られないような大きなライブハウスがある。私は大衆に媚びないで真摯に音楽やってることを誇りに思っていたが、その大きな看板はどうしたって眼に入った。誰にも見つからなくたっていいと心からそう思っているけど、ずっと先にあると思っていたアラサーも近づいてきて、貯金もないし、いつまで持つだろうかという不安が耳鳴りのように続いていた。
前のバンドが終わって、私達の出番。鯨は歌を歌うことで、何キロも離れた仲間どうしで会話をしているらしい。歌は複雑な情報の波で、鯨はもしかしたら、歌によって見た風景や感情をそのままの形で伝え合って共有しているのかもしれない。これは全部、健次から聞いた。ライブをしているとき、私達は一つの鯨になる。四人でしか歌えない歌があった。たいていの人は何日も喋らないのが難しいように、私達は音楽をしないのが難しかった。
演奏後、健次はソファにのり、色んなバンドの落書きがある楽屋の壁に向かい合った。青いペンで何かを書いている。
「美しさを、忘れるな?」 
「うん。」
字がきたねえよと凜太が言った。わたしも笑って同意した。わたし達じゃなかったらきっと読めないような字。でも健次の、こういう少し気恥ずかしい事を、ちゃんと言ったり書いたりするところがわたしは好きだった。「うつくしい」とか言えたの、いつが最後だったっけ。
ライブハウスを出ると肌寒くなっていて、夏も終わりが迫っていることを実感する。そして、今年の夏に花火を見ていないことを思い出した。
「ねえ、花火しない?」 
 前を歩いていた3人が振り向く。マジ?って顔をしている。ずっと一緒に居るから、わざわざ遊ぶなんてなかった。
「マジ!」
 なんか急に、どうしても、したいのだ。
「え、どこで?」
 そう言った健次はどこか嬉しそうな口元をしていた。
「公園!」
 満が笑いながらダメでしょと言った。そう言いつつも、結局は一緒に楽しんでくれることを知っている。凜太と健次は“賛成”という顔で笑った。
 コンビニで一番大きな花火セットを買って、花火が禁止ではないらしい今池公園に行く。今池公園は桜が綺麗だったけど、夏の青々しい公園も案外良かった。4人でお酒のロング缶を一缶空けて、水を入れ火消し用にした。久しぶりに持った花火は、子供っぽい、懐かしい色彩をしていた。凜太が離れたベンチで煙草を吸っていて、私はなにスカしてんだよと煙草を奪って花火を咥えさせた。そしたら結構危ない感じで、いつもは静かな凜太が大きな声を出して面白かった。みんなで笑って、子供みたいにはしゃいで、眩しくすぐに消えてしまう光を燃やした。このごろずっと消えなかった、いつまで、だとか、そんな将来への不安は煙って見えなくなった。だいじょうぶ、わたし達はずっとこのままで居られる。
「これで、最後かあ」
 健次が線香花火をひらひらさせながら言った。あっという間だった。もう終わっちゃうんだねって話しながら4人で集まってしゃがんだ。凜太のジッポに線香花火の先を垂らす。先端は燃えて、炎はすぐに丸い閃光になる。その光は美しかった。消えそうで、でも激しく燃えている。
私はほのかに照らされたみんなの笑顔を見た。シャッターをきって時を止めれられたらいいのに。それでも光は、終わりへと向かって激しくなっていく。ぼうぼうと燃える炎はぽとりと落ちて、すぐに暗闇に飲み込まれた。

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