NAGOYA Voicy Novels Cabinet

名古屋駅が名駅になる日

青空と桜の木

近鉄の終点名古屋駅のホームに電車が着くと、人の群れが一斉に電車から押し出されてくる。

近鉄名古屋駅で流れているメロディは美しくて心細くて、私はそこに停まっている松阪行きや伊勢中川行きの急行に乗って三重に帰りたくなる。

私はこの春、名古屋で女子大学生になった。
本当は地元の三重県で大学生になりたかったのだけど試験に落ちた。
結果片道2時間半という時間をかけて三重から名古屋に通うことになったのだ。

とても憂鬱な気分だった。
通学時間は気が遠くなるほど長いし、第1志望の大学に落ちたことは悲しかった。

しかし一番私を困惑させたのは他ならぬ「名古屋駅」だった。
名古屋駅は広い。
近鉄パッセに居た筈が気がついたら名鉄セブンにいることが多々(たた)ある。
名鉄セブンに居た筈が名鉄百貨店にいることが多々ある。
地下街から近鉄に乗ろうとしたら昭和50年代くらいで時が止まったようなやたらに天井が低い地下街にいることが多々ある。

近鉄から名鉄には連絡口があるのだけど名鉄は次々とやってきて自分がどれに乗ればいいのかわからない。
私の地元は上りか下りしかない。

JRのホームは新幹線のホームもあるので迂闊に近寄ると東京に連れていかれるので近寄らない。
近鉄は近鉄で始発の名古屋駅では座席の争奪戦だ。私は若いけれど片道2時間半の通学でヘトヘトでなるべく座りたかった。電車が来るまでに並んで待ち冷静に座らなくてはならない。

地下鉄の東山線は常識的な深さだけど桜通線はとにかく階段を下って下って「間違えたかな?」と不安になった先にホームがある。

名古屋駅で迷って立ち止まると早足で規則正しく歩く人の邪魔になってしまうから私は迷うたびに慌てて通路の端っこに避けてどこに行けばいいのか困っていた。

一度そのまま歩いて行ったら次の国際センター駅に着いてしまって、もはや自分は何駅にいるのかすらわからなくなった。

歩いている人も私が住む街ではお見かけしないレベルで皆ブランドバッグを持ちオシャレだった。

田舎者の私は馴染めていない感しかなかったがとにかくこの街で私は女子大学生として4年間通わなくてはならない。
そして4年後必ず夢だった仕事に就かないといけない。
気分は決して晴れやかではなく緊張し卑屈でさながら異国の旅人だった。

そんな思いで2時間半かけてたどり着いた大学の最初の授業で先生が言った。

「君たちの中にはこの大学が第1志望校ではない人もいるかと思います。
でも悔しさを糧に4年間大いに学んで欲しい。
桜の木は厳しい環境で冬を過ごした木ほどしっかりと根を張り美しい花を咲かせるそうです。

4年後、10年後美しい花を咲かせる人になって下さい。」

この先生は自分の大学に入学してきた学生の想いを知っているのだな、その言葉は私に響いた。
再び2時間半の帰り道でバスの窓から山崎川の桜並木を見つめた。
桜並木は三重の母校の桜並木と同じで美しかった。

話す言葉も駅の大きさも歩く人の速さも違う街。
この街で私は桜になれるだろうか。いやならなくてはならない。

今日初めて会って初めて出来た大学の友達が私にどうやって大学まで通っているのか聞いた。
私は必死で覚えた通学経路を話した。

「名駅から地下鉄なんだ。」
友達は相槌をうつ。

名駅?私は名古屋駅から地下鉄なんだけど?
その日私は名古屋駅を名駅と呼ぶことを初めて知った。

この大きな名古屋駅を躊躇なく、名駅と呼べる日が来たら。
きっと私は名古屋の女子大学生になってる。
前向きに夢に向かって学んでる。
大好きな三重と同じだけ愛知を好きになれるんだろうか。

そんな日が来たら
きっと近鉄名古屋駅で到着メロディに鼻がツンとして泣きそうになることもなくなるんだろう。

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