NAGOYA Voicy Novels Cabinet

バラのおみくじ

花屋

  歩美がコンビニで働きはじめて2年がたった。ビジネス街の中ということもあって、昼時や夕方は忙しい。
 ある日の夕方、お客さんがペットボトルを持ってきてレジ前に置いた。
「いらっしゃいませ。2点で302円です」
「はい、ちょうどね。あ、そうだ。このバラ、近くのショッピングモールで買ったけど、遠出することになったから、貰ってくれない?」
 歩美が返事をする間もなく、女性は駆け足で出ていった。
 白い紙に包まれた赤いバラ。商品の補充をしていた店長は、持って帰っていいよ、というようにうなづいた。
 歩美のアパートは、コンビニから歩いて25分くらいの所にある。ミニテーブルと小さなタンスがあるだけの狭いワンルーム。
「花瓶はないのよね。これで我慢してね」
 細めのグラスに水を入れバラをさし、テーブルの真ん中に置いた。すると不思議。モノクロだった部屋が魔法でもかけたようにパッと華やいだ。歩美はテーブルの前に座ると、頰杖をついてバラを見つめた。
「あなたは綺麗ね。あら」茎に結ばれている白いリボンが目に入った。リボンを丁寧に外すと何やら書いてある。
『今月の運勢、大吉。願い事(ごと)叶います』
「おみくじ?ふふ、変なの。そうねえ、私の一番の願い事は...。また、両親と会えますように。かな。無理なお願いよね。両親は2年前、大きな台風で川が氾濫(はんらん)した時、波に飲み込まれて家と一緒に流されて、そのまま天国へ行ってしまったのだから」
 歩美は独り言を続けた。
「沢山の家が被害を受けたの。私は短大の寮にいたから無事だった。知らせを受けた時は気が動転して、何をどうしていいかわからなかった。一人っ子だったし。その時、声を掛けてくれたのがお母さんの弟。今、私が働いているコンビニの店長よ。」
 アパートも叔父夫婦が探してくれた。バラに話しかけながら、歩美はもう一人会いたい人を思っていた。高校時代のクラスメート広瀬君。卒業してからは一度もあっていないけど、忘れた事はなかった。一人になってますます会いたくなった。彼は実家の花屋さんを継いだのかしら。フウっと一息、バラにふりかかる。一瞬バラが揺れた気がした。
 バラが来てから、歩美はアパートに帰るのが楽しみになった。帰ると真っ先に
「バラちゃん、ただいま」と声をかける。
「おかえり、どうだった?」と、バラも待ち構えるように、こっちを向いている。
「いつもと変わらないわ。同じ事の繰り返しよ」と、コンビニ弁当を開いて微笑む。
 楽しい日々。だけど。
 バラちゃんはだんだん張りを失っていった。
 アパートに帰り、ドアを開ける。「あっ」
 花びらはテーブルの上に散らばっていた。拾い集めて小さな透明のケースに入れた。
 その日からケースの花びらを見つめてすごした。
「バラちゃんのいたショッピングモールに行ってみたい!」
 仕事が終わった後、バラちゃんがいた場所を目指した。洋服屋さん、雑貨屋さん、八百屋さん。色んな店が軒を連ねて、夕方の買い物客で賑わっている。近くなのに、ここに来るのははじめてだ。
 歩美は花屋さんに足を向けた。店先には色取り取りの花束がいくつもバケツに入っている。取り分け目を引いたのはバラの入ったバケツだった。
「バラちゃん、ここにいたんだ」
 赤いバラの茎にはすべて白いリボンが結ばれていて『バラのおみくじ』と書かれたポップがバケツに差し込んである。
 1本200円。一人暮らしで少しでも節約したい歩美には迷う金額だ。諦めて立ち去ろうとした時、歩美の脳裏に浮かんだ。テーブルの上で歩美の帰りを待っていたバラちゃんの可憐な姿が。
 バラちゃんのいた2週間楽しかったな。歩美は、向きを変えてバケツに近づき、赤いバラを1本抜きとってた。
「いらっしゃいませ」
(この声!)
奥から店員が出てきた。
「これ、ください」歩美がニッコリ差し出すと、
「歩美ちゃん!」
「広瀬君!」歩美の涙が頰を伝う。広瀬君が歩美の手を取ってにぎりしめた。その時バラの白いリボンが揺れて、文字が見えた。
『今月の運勢。大吉。友達できます』

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