NAGOYA Voicy Novels Cabinet

アイスの味は

カメラ

 あれはもう三年前のことで、しかもちょうどこのバレンタインの時期で、僕は大学三年生だった。周りが就活を始め、僕も重い腰を上げ大学の相談窓口に赴いたときだった。特に夢も就きたい職もなく、話を聞いてもどれもしっくりこなかった。帰ろうとして窓口を出たとき目線の端から書類を抱え勢いよく走ってくる女の子がいた。ぼーっと見ていたら思いっきり僕に突っ込んできた。

 「うわあっ!」
 書類がひらひらと宙を舞い、女の子は地面に尻餅をついて、頭を掻きながら笑ってこちらを見上げていた。その瞬間僕は押したこともない心のシャッターを押した気がした。
 「いててて……ごめんなさい前ちゃんと見てなくて、けがはない?」
 「ないよ、そっちこそ大丈夫ですか?」
 僕はしゃがみこんで、書類を拾いながら彼女の顔を見た。
 「ありがとう!ちょっとね、るんるんって感じになってて、えへへ」
 ちょっと馬鹿っぽい言動の彼女の笑顔に不覚にも可愛いと思ってしまった。
 「あ、ねえ!あなたここから出てきたってことは私と同じ三年生?そうだったらちょっと協力して欲しいことがあるんだけどっ!これもなんかの巡り合わせでしょ!」
 彼女は僕の腕を掴み、大学の運動場に引っ張っていった。前を走る彼女の姿はなんとも子どもっぽくて一瞬足りとも目を離してはいけないような気持ちになった。
 「はい、これで写真撮って!あっ、もちろん可愛くねっ!良い感じで!」
 そういって彼女はスマホを僕に渡してきた。きょとんとする僕に彼女は笑顔でこう続けた。
 「私ね、将来のこと考えてたら子どもの時、モデルとか女優になりたいなって言ってたことを思い出してね、調べてみたら近くでオーディションがあって、思い切って出してみようかなって、ほら、こういうのってやってみないとわからないでしょ!だからそれに必要なの!」
 急に連れて来られた上に写真を撮るにしてもぶっ飛んだいきさつに僕は笑ってしまった。
 「なに、あっ!ばかだなあとか思ったでしょ、いいのよ受かった際にはこうべを垂れてもらうからねってのは冗談なんだけど、まあ  
 そうだね、自分でもちょっとは頭おかしいとオモテル」
 少し目を逸(そ)らした彼女にスマホを向けてシャッターを切った。
 「あっちょっと!今絶対ブサイクだった!」
 頬を膨らましてこっちを睨んでくる彼女に僕は素直に言葉が溢れた。
 「なにそのカタコト、オモテルって、でも君ならいけるよきっと、僕はその世界よく分からないけど、やりたいことやりたいって動ける君はそれだけですごいよ」
 彼女はちょっと驚いた顔をしてからすぐに笑顔をみせた。僕はシャッターを切った。何枚か撮ったあと、彼女に見せると手を合わせて満足げな表情をした。
 「えっ!ねえキミ、カメラマンの才能あるんじゃない?すごい良い感じに撮れてる気がするんだけど!嬉しい!あっキミにも記念にあげるから連絡先教えて!普通に同級生だし」
 その場で送られてきた僕が撮った彼女はとても良い表情をしていた。
 「お礼する!」
 彼女は大学の食堂にあるコンビニに僕を連れていき、チョコレートのアイスを二個買って一つを僕にくれた。二月にアイスって……心の中で呟いた。
 「もうすぐバレンタインだからのチョコアイスね!あっ、せっかくだから今日の記念に二人でも撮ろうっはいチーズ!」
 ぎこちない僕と彼女のツーショットが生まれた。
 「今日はほんとにありがとう、キミにはいつか私がビッグになったらちゃんとお礼するからねっ!楽しみにしててっ!じゃあバイバイ!」
 そういってバスに乗った彼女を僕は見送った。それが彼女と初めて会った日で最後に会った日だった。

 『その瞳に恋をする。彼女から目が離せない』
 面影は残っているのに、僕の知らない笑顔を見せる君はまるで映画のヒロインのようだ。コンビニに並ぶ雑誌の表紙の君を見ているとまるで平面の世界にいってしまったかのように思う。僕はその雑誌と、アイスを二個買った。味はチョコレート、帰ったら食べよう。二個とも僕が。君の言うビッグが何か分からないけどいつかまた会いたい。会って伝えたい。まだまだ勉強中だけど、僕はカメラマンになったよ。

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