NAGOYA Voicy Novels Cabinet

ちょっといい日

雨上がりの木漏れ日

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 今日の天気は雨。春はもうそこなのに桜は焦れったく、まだ咲く気配はない。天気予報で、傘を忘れないように教えられて、やっとあの新しい傘をさせる日が来たと心の中でガッツポーズ。多分この時から、なんだかいい日になる予感がした。

 今日は久しぶりに親友に会える。行きの名鉄バスでは、私の好きな車掌さんの運転だった。心の中で、密かに推しているその優しい声にまどろみながら、バスは進む。大好きな親友の元にぐんぐんと進む。
 久しぶりの親友とはずっと会えていなくても、まるで本の栞をふわりと開いた時のように、昨日の話の続きみたいに話せてしまう。ありったけの2人の今日までを、2人きりで、2人にしか分からない理由で笑う。そんな時間が幸せで、心地がいい。ひとしきり話し終えたところで、想像通り美味しそうなオムライスが運ばれてくる。店員さんの「ごゆっくりどうぞ」の言い方が優しくて、それだけでなんだか今日はちょっといい日。
 社会人になるのが怖いとか、卒業式が寂しいとか、いろんな感情を吐露しながらお互いに励まし、春はいつも忙しなくすぎていく。沢山悩んで、変化が怖くて逃げ出したくなる毎日だけど、なんだかんだ皆んな新しい環境に慣れていくのだろうか。
「遠くに行くって言っても三重だから。愛知なんていつでも帰ってこれるよ。」
これまで一度も離れ離れになったことのない親友は、私よりも楽観的で未来を見ていた。いつも自転車で会いに行けた距離に、もう君はいなくなってしまうことの寂しさに固執しているのは私だけのように感じたけれど、彼女は別れ際、ずっと笑顔だった。
「離れても、うちらの関係が変わるわけじゃないじゃん?」
君はさっき、アイスティーを飲む片手間で軽くそう言ったけれど、私はそれがとても嬉しかったんだよ。
 また会おうねといって彼女と別れたら、またひとりぼっちの帰り道。みんなが違う方向に、それぞれのペースで歩く名古屋駅。卒業式が終わったばかりの袴姿の女の子やリクルートスーツの就活生。電話をしながら忙しそうに走るサラリーマン。みんな、自分の人生をちゃんと生きているんだ。なんだか立ち止まったら流されてしまいそうで、私も必死に忙しない3月を生きる。
花粉がひどくて、急遽薬局に駆け込む。沢山の薬の種類に圧倒されていると、優しい店員さんがじっと目を見て一つ一つを説明してくれた。それだけで心にぽっと灯りが灯った。
「花粉、辛いですけど少しでも良くなるといいですね。」
その優しい一言に、私はふと魔法みたいな人だと思った。その言葉に何人の人が救われて、癒されてきたのだろうか。
 名古屋の地下街に行くと、パッと花柄の素敵なワンピースが目に飛び込んできた。パープルの、春先にピッタリの可愛いワンピース。残りの一つで、ついつい運命を感じて買ってしまった。これを来週のデートに着ていこうと考えながら君のことを想像した。不器用で、きっと言葉では誉めてなんて貰えないけれど、このワンピースで金時計に現れたら君は少しだけ目を見開くだろうと思うとそれだけで幸せだった。
 親友に会えた。いい買い物をした。帰りのバスで、隣のお兄さんの肩をずっと借りて寝てしまっても起こさずにそっとしてくれていた。沢山の人の優しさに包まれて、私はバスを降りる時に少しだけ大きく「ありがとうございます」と伝えた。外はもうとっくに雨は上がって、夕方の空のグラデーションが綺麗だった。それだけでなんだか今日はちょっといい日。
 雨が降ったって、いつかは晴れる。だけど、晴れの日を待ち望むよりも、雨でも楽しむことだってできる。それは全て自分の気持ち次第で、なんでもない日をちょっといい日に変えることができる。

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