NAGOYA Voicy Novels Cabinet

『リトルトーキョー』あらため

青空と名古屋城

「名古屋って特に何もないしなぁ」
 まただ。
 俺は何度も聞いたセリフに辟易した。大体予想はしていたものの、こう何度も続くと名古屋に来たのは間違いだったのではないかという気さえしてくるってもんだ。
 俺は、大学に通うために長野の山奥から名古屋にきた。進学とは体のいい言葉で、実際は都会での暮らしに憧れていただけだったのだが。
 それなのにいざ来てみるとどうだろう。
 大学でできた友人はほとんどが名古屋市民。その連中に名古屋を案内してくれと頼むと、口裏合わせたかのように皆同じ事を言う。名古屋は何もない、と。
 その点、遊び慣れている智には期待していたのだけど、こんな事を言う始末。
「名古屋ってリトルトーキョーなんだよ。京都とか大阪には敵わん」
 結局、大須でぶらぶらするか手羽先と酒を求めて飲み屋に行くか。まあ、それはそれで楽しいからいいのだけど、何か物足りないのは否めない。
「名古屋城行ってみたいな」
 と俺が言うと、
「面白いか?」
 と失笑されたので、それ以上は何も言わないことにした。

 そんな風に、日本中どこにいても出来そうな自堕落な生活を送り続け、大学三年生を迎えた頃。一度も行っていなかった名古屋城を訪れることになったのは、思わぬ動機からだった。
 スマホを見ながら歩く智を横目に、名古屋城の敷地内に足を踏み入れる。無理矢理連れてこられた智は少しも興味がない様子だったが、俺は目と鼻の先に望む名古屋城に思わず見入った。
 突然名古屋城を訪れたのには訳がある。
 いよいよ将来の事を考えなければならないという時期になって焦った俺は、業界について色々と調べていた。すると、日本の産業は愛知県が引っ張っている事が分かった。
 繊維産業の誕生、日本初の国産飛行機の製造……。名古屋のものづくり文化は何となく知っているつもりだったが、この土地が日本にもたらした功績は俺の想像以上だった。
 興味が出てきた俺は、名古屋のものづくり文化の歴史を辿った。すると、その文化は名古屋城に端を発するのだという。徳川家康が名古屋城建設のために集めた質の良い木材と腕の良い職人が、この地に脈々と受け継がれてきたらしい。その結果、ものづくりの確かな技術と精神が名古屋に根付いたというわけだ。
 そんな思いをはせながら歩いていると、やがて首が痛くなるほど近くに巨大な城がそびえたっていた。
 ここが始まりの場所。
 名古屋のシンボルである金シャチが、太陽に照らされている。今にもぴちぴちと動き出して天に昇っていきそうだ。
 時代の変遷を見守り、あの輝きでこの地を導いてきたに違いない。
「……ビッグジャパンだ」
 俺はそう呟いた。
「は?」智がスマホから目を離してこちらを見る。
「この場所が日本を支えているんだ。だから、リトルトーキョーじゃなくてビッグジャパンだ」
 智はぽかんとした表情を浮かべている。力強く言ったつもりだったが、俺の言葉は智には響かなかったらしい。
 そういえば智は、生まれも育ちも名古屋だというのに一度も名古屋城に来たことがなかったのだった。やはり、近くにいればいるほどその大きさは分からないものなのだろうか。
 俺はもっと見たい、知りたい、この土地を。そして、発信したい。
「お前は就職どうすんの? やっぱ東京?」
 俺は訊いた。すると、智は即答した。
「俺は地元に残るよ」
「意外だ」俺は少し驚いた。「あれだけ何もないって言ってたくせに」
 苦笑しながら言うと、
「確かにな」と智も笑う。「なんでだろ。なんだかんだ言って名古屋が一番住みやすいのかもな」
 そっか。相槌を打ちながら俺は一つの決心をする。
「俺もここに残ろう」
「え?」と、不意を突かれる智。
「そんで俺が、お前の地元がビッグジャパンだって事を世に知らしめてやるよ」
 具体的に言葉にはできないけど、何となくやりたい事が見つかった気がした。少し前まで何にも考えずにダラダラ生きてきた俺にとっては大きな一歩だ。
 俺は再び上空を見上げた。
 きっと、あの金シャチが俺のぼんやりとした未来を照らしてくれるに違いない。

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