脚色:鏡味富美子
某デパート、迷子センター。
女の子 えーん、えーん
老女 あらあら泣かないで、泣いたらダメ
女の子 だってママ、ママが…えーん、えーん
老女 大丈夫、今お姉さんがママを呼び出してくれてるから
女の子 (先刻より激しく)あーん、あーん
老女 困ったわねぇ、お婆ちゃんも泣きたくなっちゃう
女の子 ヒック、ヒック…お婆ちゃんも迷子なの?
老女 うん
女の子 お婆ちゃんでも迷子になるの?
老女 うん、お婆ちゃんだから迷子になったの
女の子 ふーん、お婆ちゃんはお空だって飛べるのにね…
老女 空を?
女の子 ♪赤い鳥 小鳥 なぜなぜ赤い 赤い実を食べた
老女 まあ、お上手ね
女の子 (あっけらかんと)お空のお婆ちゃんが教えてくれたの♪白い鳥 小鳥 なぜなぜ白い 白い実を食べた
女の子・老女 ♪青い鳥 小鳥 なぜなぜ青い 青い実を食べた
拍手したりして、笑いあう二人。
新美南吉作『去年の木』
音楽。
女1 いっぽんの木と、一羽の小鳥とは大変仲良しでした
女2 小鳥はいちんちその木の枝で歌をうたい、
女1 木はいちんちじゅう小鳥の歌を聞いていました
女2 ピーチュル・ピーチュル・ピー・ピーチュル・ピーチュル・チュルルル
女1 けれど寒い冬が近づいてきたので、小鳥は木から別れてゆかねばなりませんでした
女2 ピュー ピュー ブルブルブル 「クシュン(くしゃみ)私はもう南へゆかねばなりません」
女1 「さよなら。また来年きて、歌を聞かせてください」
女2 「ええ。それまで待っててね」
女1 と、小鳥はいって、南の方へ飛んでゆきました
女1 春がめぐってきました。
女2 (ハミング)♪春が来た 春が来た 何処に来た~
女1 野や森から、雪が消えていきました。小鳥は、仲良しの去年の木のところへまた帰っていきました。
女2 ピーチュル・ピーチュル・ピー・ピーチュル・ピーチュル・チュルルル
女1 ところが、これはどうしたことでしょう。木はそこにありませんでした。
女2 (困惑する小鳥で) ピーチュル ピーチュル ピー
女1 そこには、根っこだけが残っていました
女2 「根っこさん、根っこさん、ここに立っていた木は、どこへいったの?」
女1 「木こりが斧でうちたおして、谷の方へもっていっちゃったよ」
女2 小鳥は谷の方へ飛んでいきました
女1 谷の底には大きな工場があって、木を切る音が、
女2 びィーん、びィーん
女1 としていました。小鳥は工場の門の上にとまって、
女2 「門さん、門さん、わたしの仲良しの木は、どうなったか知りませんか?」
女1 「木なら、工場の中で細かく切り刻まれて、マッチになってあっちの村へ売られていったよ」
女2 小鳥は村の方へと飛んでいきました
女1 ある家の窓辺にランプがありました
女2 てらりてらてら てらりてらてら
女1 ランプのそばに女の子がいました
女2 「もしもし、マッチをご存じありませんか?」
女1 「マッチは燃えてしまいました」
女2 「ピーチュル ピーチュルシクシクシク ピッチュピッチュメソメソメソ」
女1 「なんて悲しい鳴き声、どうしたの小鳥さん」
女2 「そのマッチは、私の仲良しの木だったの」
女1 「まあ」
女2 「もう会えないのね。ピーチュル ピーチュルシクシクシク ピッチュピッチュメソメソメソ」
女1 「いいえ、マッチの灯した火が、まだこのランプに灯っています」
女2 「マッチの灯した火…」
女1 小鳥は、ランプの火をじっとみつめておりました。それから、去年の歌をうたって火に聞かせてやりました
女2 ピーチュル・ピーチュル・ピー・ピーチュル・ピーチュル・チュルルル
女1 火はゆらゆらとゆらめいて、心から喜んでいるように見えました。
女2 ゆらりゆらゆら、ゆらりゆらゆら
女1 歌をうたってしまうと、小鳥はまたじっとランプの火をみていました、それから…
女2 それから?
女1 どこかへと
女2 どこかへと?
女1 飛んで行ってしまいました
某デパート、迷子センター。
女の子 あ、ママだ!ママー、ママー
母親のもとへとんでいく女の子。
老女 木は燃えて火を生み、火は燃えて土になる、土は金を生み、金は水を生み、水は木を生む…森羅万象。二九歳という若さでこの世を去った新美南吉の作品は物悲しさの中に希望や教訓、運命に逆らうことなく自然体であることの尊さを伝えているような気がします。
女の子 お婆ちゃん、お婆ぁちゃん
老女 え?
女の子 また会いましょね
老女 また!?(苦笑)またお歌きかせてね
女の子 うん、それまで待っててね、さよなら
老女 さよなら…(もう迷子にならないでね)
音楽。
おしまい
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【原文】
いっぽんの木と、いちわの小鳥とはたいへんなかよしでした。小鳥はいちんちその木の枝えだで歌をうたい、木はいちんちじゅう小鳥の歌をきいていました。
けれど寒い冬がちかづいてきたので、小鳥は木からわかれてゆかねばなりませんでした。
「さよなら。また来年きて、歌をきかせてください。」
と木はいいました。
「え。それまで待っててね。」
と、小鳥はいって、南の方へとんでゆきました。
春がめぐってきました。野や森から、雪がきえていきました。
小鳥は、なかよしの去年きょねんの木のところへまたかえっていきました。
ところが、これはどうしたことでしょう。木はそこにありませんでした。根っこだけがのこっていました。
「ここに立ってた木は、どこへいったの。」
と小鳥は根っこにききました。
根っこは、
「きこりが斧おのでうちたおして、谷のほうへもっていっちゃったよ。」
といいました。
小鳥は谷のほうへとんでいきました。
谷の底そこには大きな工場があって、木をきる音が、びィんびィん、としていました。
小鳥は工場の門の上にとまって、
「門さん、わたしのなかよしの木は、どうなったか知りませんか。」
とききました。
門は、
「木なら、工場の中でこまかくきりきざまれて、マッチになってあっちの村へ売られていったよ。」
といいました。
小鳥は村のほうへとんでいきました。
ランプのそばに女の子がいました。
そこで小鳥は、
「もしもし、マッチをごぞんじありませんか。」
とききました。
すると女の子は、
「マッチはもえてしまいました。けれどマッチのともした火が、まだこのランプにともっています。」
といいました。
小鳥は、ランプの火をじっとみつめておりました。
それから、去年きょねんの歌をうたって火にきかせてやりました。火はゆらゆらとゆらめいて、こころからよろこんでいるようにみえました。
歌をうたってしまうと、小鳥はまたじっとランプの火をみていました。それから、どこかへとんでいってしまいました。