NAGOYA Voicy Novels Cabinet

日々人々

窓辺

少女が近づく。
「わたし、これがいい!」
弾んだ声とともに、少女は私を抱きかかえた。
「これ、ください。」
私は少女の手を離れ、大人の大きな手の上に乗った。
「いらっしゃいませ。」
その人は、お客さんが来るといつも笑顔だった。
しかし、私は知っている。
時折、大きなため息をついていることを。
赤字だ、苦しい、とつぶやいていた。
そんなことを知らない少女は、目の前にいる笑顔のその人から私を受け取ると、スキップしながら店を出ていった。
「ありがとうございました。」
毎日聞いていた声が、少女の後ろで響いた。
ああ、私がこの声を聞くのはこれが最後なのだ。
私を必要とする少女との出会いに嬉しくなるとともに、ほんの少しの淋しさを感じた。
「ただいま!」
少女は家の中に入ると、私を見つめた。
「何て書こうかな、えっと、まずは、おたんじょうびおめでとう、ね。」
そして、少女は、私の上にペンを走らせた。
「できた!」
少女は切手を取り出すと、私の表面左上に貼り付けた。
少女によって新たな装いになった私は再び少女に持ち上げられ、外に出た。
「ちゃんと届きますように。」
少女の声を聞きながら、赤い箱の中に私は入った。
箱の中で、友に出会った。
真っ白だった友は、着飾って真っ黒になっていた。
友は言った。
「あの人、ずいぶん悩んでいたけど、決心したよ。」と。
そして、友は、四角い体を埋め尽くした黒い文字を私に見せた。
― 閉店することといたしました。長い間ご愛顧いただきありがとうございました。
「そうか。」
私は呻くように答えた。すきま風が吹くのを感じた。
しかし、その後に続く文字が、神々しく私の目に飛び込んできた。
― でも諦めません。いつかまたお店を開き、お会いできますよう尽力いたします。
その言葉に嘘はない、と私は思った。
いつかまた、笑顔でお客さんを迎えるその人を想像することができた。
しばらくすると、車の音が聞こえ、赤い箱が開けられた。
友と私は他のたくさんの仲間とともに赤い車に乗った。
やがて、車は建物の前でとまり、車を運転していた人は「よいしょ!」と私たちを運び、建物の中へ入っていった。
建物の中で、私は友と別れ、別の仲間と一緒になった。
次の日の朝、建物の中はだんだん賑やかになっていった。
「今日はどしゃぶりだなぁ」「気を付けてな!」「お互いにね!」
そんな声が聞こえてくる。
私は赤いバイクに乗せられた。
バイクは広い道も狭い道も器用に通っていく。
雨の音が聞こえる。強い風も吹いているようだ。
バイクに乗った人は、様々な形をした箱の中へ私の仲間たちを丁寧に入れていった。
1軒の家の前で、バイクがとまった。
バイクの人は、私を雨で濡れないよう庇いながら持ち上げて、家の前にある小さな箱の中へ入れた。
しばらくすると、女の人が箱を開けて私を取り出した。
「あなた、バースデーカードが届いたわよ。」
女の人は私を家の中に招き入れて、家の中にいた男の人に手渡した。
「上手な字を書くようになったなぁ。」
男の人は感心したように言った。
「あら、昔、子どもたちにはお前らの字は汚いって言っていたのに、孫には甘いわね。」
女の人はおかしそうに笑う。
二人は笑って私を見つめた。
「額に入れて飾りましょう!」
私は通りに面した窓の近くに置かれた。
ちょうど家の中も外も見える。
なかなか良い環境だ。
私は新しい住処が気に入った。
家の中の二人はよく笑っている。
たまには、怒り声や泣き声が聞こえることもある。
それでも、やがてまた笑顔が戻ってくる。
時々、私を手にとった少女や少女の家族も訪れている。
家の外を見ると、たくさんの人が通っていくのが見える。
笑顔の人もいる。そうでない人もいる。
昨日笑顔だった人が泣きそうな顔をしていることもある。
昨日うつむいていた人が前を向いて背筋を伸ばしていることもある。
日々人々は暮らしている。
穏やかな日もそうでない日も。
私はそれを見つめている。
「いらっしゃいませ。」
あの人の声が、遠くで聞こえた気がした。

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