NAGOYA Voicy Novels Cabinet

羽黒の叔父さんの話

青空と田んぼ

 毎年お盆になると、母と一緒に叔父さんの家に行く。叔父さんの家は羽黒にあって、私の住んでいる名古屋の景色とは全然違う。ビルはなく、平屋が多くて、坂道がなくて川がある。田んぼや畑が広がっていて、若い人はあまりいない。そんな土地だ。

私に息子が生まれてからも、叔父さんの家に行くのは夏の恒例行事だ。息子は今年8歳になった。しかし叔父さんは、息子の姿を見てもにこりともしない。起きているのか分からないような細い目に、むすっとした口元をもぞもぞさせながら、いつも腕を組んで座椅子に座っている。そんな様子に叔母さんが、
「ごめんねぇ、愛想がなくて」
といつも笑って言う。いえいえ、と言いながら、私はお中元のお菓子を神棚に上げる。私は、叔父さんが昔からあまり得意ではなかった。

子どもの頃、叔父さんの家に行くと昼はいつも御馳走だった。叔母さんが作ってくれる豪華な料理が机に並び、叔父さんは
「これ、美味いぞ。食え」
と料理を皿に乗せて渡してくるのだが、ひっきりなしに皿を渡してくるので食べきれない。昼ご飯が終わると、叔父さんは麦わら帽子をかぶって近所の畑に出ていく。むすっとした表情で鍬を振るう叔父さんは、どこか他人を寄せ付けない雰囲気があって、少し怖かった。

それから20年経った今でも、お盆の食卓は叔母さんの綺麗な料理で彩られている。叔父さんの方も相変わらず、私の息子に
「これ、美味いぞ。食え」
と皿をいくつも渡している。自分の子どもの頃を思い出し、私は少し心配な気持ちになってくる。息子も、本当はもう食べたくないのではないか。そう思っていた矢先、
「おっちゃん、もうお腹いっぱいだからいらないよ!」
と息子が言った。叔父さんは、
「お、そうか」
と言って、少しだけはにかんだような顔をした。

それから、叔父さんは息子を連れて畑へ出ていった。居間でスイカを食べながら、私は叔母さんと談笑する。
「あの人ねえ、あなたが小さい時もああやって料理を勝手に皿に取って、渡していたでしょう。やることが全然変わらないんだから」
「そうですね、私も懐かしくなります。私はたまに食べきれなくて残しちゃってましたけど」
叔母さんはお茶をすすって、言った。
「あの人はさ、食べ物がない頃を経験してる人だから、……ほら、戦争でね。子どもにはああやって食べ物をいっぱい渡してあげるの。きっと、あれ以外に可愛がり方を知らないのよねぇ」
「あ、そうだったんですか。初めて知りました」
「でもね、あなたの息子はちゃんと断れて偉いね。子どもだってさ、自分の思ったことくらい言っていいんだから」
確かに、私が子供の頃は何も言わずにずっと我慢していた。叔父さんの方も、何も言わない私が何を考えているのか、よく分からなかったのかもしれない。

畑から帰ってきた息子は、体中に泥をまとって満面の笑みだった。
「ママ、野菜いっぱいちぎったよ! ナスとピーマンもらって……あ、あと、モグラがいた! はじめて見た!」
叔父さんは、相変わらずむすっと無表情だった。のっそりとした動きで、庭先のザクロの木から実を1つちぎって、
「坊主、これザクロ、食ってみるか」
と息子に手渡した。
「食べていい? ママ」
目を輝かせる息子を見て、私はなんだか妙に嬉しくなって、胸に熱いものを感じた。
「うん、いいよ。食べてみて」
叔父さんに手伝ってもらいながら皮をむき、息子はザクロの赤い実をほおばった。
「うわっ酸っぺえ!」
そう叫んでけたけたと笑う息子を見て、叔父さんが突然
「わっはっは!」
と大声上げて笑い始めた。私はとてもびっくりして、叔母さんと顔を見合わせた。しかし、気づくと叔父さんはいつもと同じむすっとした顔に戻っている。私は、なんだか可笑しくなってしまった。
「うっ……うふふ」
今度は私の方が笑いが止まらない。そんな私を見て、叔母さんもなんだか笑い始めた。息子も口元を赤くして笑っている。夏の暑い日差しの下、何かの魔法にかかったような気がした。

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