NAGOYA Voicy Novels Cabinet

マスク仕上げ

カラフルなマスク

 時計を確認する。
 15時54分。バスの時間まではあと25分。バス停までにかかる時間は歩いて10分ってところだからまあ余裕を持ってあと5分くらいで家を出よう。
 俺は姿見の前で最後の確認をする。ズボンの左右のポケットとお尻のポケットを順番にポンポンと叩く。右ポケットにはスマートフォン、左ポケットにはハンカチ、お尻のポケットには財布が収まっているのを確認する。うん、準備バッチリだ。
 続いて俺は自分の今日の服装の最終確認をする。上はリネン素材の白のスタンドカラーシャツで下着に黒のタンクトップを着ている。よし、タンクトップは透けていない。
 下は少し黄色がかったオフホワイトのワイドなミリタリーのチノパン。…多分バッチリのはずだ。
 同系色の色を上下で合わせるのが最近の俺の中でのマイブームなのだ。足元は…黒の革の短靴を合わせてやろう。
 夏の訪れをひしひしと感じる7月初めにはちょうど良いキレイ目な印象のコーディネートにはなったんじゃないだろうか。

 2年ぶりか。姿見に映る自分の姿をまじまじと見ながら改めて思う。
 そう、今日は大学時代の部活の集まりだ。俺達が所属していた演劇部では毎年夏に一回は集まって飲み会をするのがかれこれ10年近く習慣になっていた。参加人数こそ結婚して家庭が出来た者や県外に転勤していく者がいて当初の20人弱いた頃からは減ってはいたがそれでもここ数年も10人近くは参加してそれなりに盛況だったのだ。2年前までは。

 雲行きが変わったのは去年だ。恐らく全世界の人間が知っているであろうあれのせいで俺達の日常は大きく変わってしまった。
 ということで去年はとてもじゃないが飲み会云々と言えるような空気でなかったので俺達の集まりは当然の如く中止になった。
 それは一言で言ってしまえばとても寂しいことだった。年に一度昔話に花を咲かせたりお互いの近況報告をして馬鹿笑いをするその数時間は俺にとっては何物にも代えがたい大切な時間だったからだ。だが去年の俺達、というか全世界は今までに遭遇したこともないとても難しい状況だったのでしょうがなかった。
 
 そして今年である。今も難しくデリケートな状況であることに変わりはないけどそれでも何事にも手探りだった去年よりは多少はマシな状況になったといえるだろう。
 ということで俺達の集まりも2年振りに行われることになった。と言っても参加人数は俺を含めて4人、開催場所は名古屋駅近くのおでん屋さんで開始時間は17時の2時間制でアルコールはなしだ。
 いつもは居酒屋で最低でも終電がなくなるまで浴びるように飲んでいた(俺達の部活の人間は偶然にもほぼ全員が無類の酒好きだったのだ)ことを思うととてもじゃないが満足できるものではないがとにかく集まれるだけでも去年に比べればマシである。改めて幹事で言い出しっぺの野田には感謝である。
 
 そんなことをしみじみ考えているともう出発しなければいけない時間が迫っている。最後に俺は自分の服装の確認をする。…よし、問題ないはずだ。
 …いや、問題ありだ。マスクを忘れていた。今や外出するのに必需品となったマスクを。
 それは俺にとって最後のコーディネートの仕上げの課題だ。さて、何色のマスクをしていこうか。俺が持っているのは白の不織布のマスクに白、黒、グレーのウレタンマスクだ。不織布のマスクは仕事の時につけているので除外してウレタンマスクの内どの色をしていこうか。
 白は…普通すぎるからやめておこう。
 黒は…今日の服装と合わせるとマスクばかりが悪目立ちしそうだからやめておこう。
 ということは…グレーか。よし、グレーでいこう。

 去年はマスクをするのが鬱陶しくて嫌でしょうがなかったのに今となってはそれにもすっかり慣れてマスクでおしゃれをしようとすら思っている自分がおかしかった。
 だけど人はそうやって置かれている状況に慣れていって変わるものと変わらないものが混ざりあった「今」を生きていくんだろう。
 そろそろ時間だ。では、いってきます。

モバイルバージョンを終了