NAGOYA Voicy Novels Cabinet

しっぽの真夜中

夜の猫

 ふかふかとした寝床の上で目が覚めた。ぐ、と伸びをする。周りは暗いが視界は良好で、問題なく動き回れそうだ。寝癖がついてしまった自慢のひげを前足で直しつつ思う。
 辺りは静かで、遠くの音も良く聞こえた。上の方から、なぜか住処を同じくしている毛が無くて不器用で大きな猫のブサイクな寝息が聞こえた。確かあいつは僕が眠る前から寝ていたような気がするけど、こんなに寝ていて大丈夫なのだろうか。後で踏んづけて無事かどうか確かめてみよう。
 そんなことを考えつつぺろぺろと毛繕いにいそしむ。後ろ足、背中、耳。丁寧に整えれば、ようやく完成だ。これで散歩に行っても恥ずかしくない。
 この時間は無性に走り回りたくなるし、なにか口に入れたくなる。それから、久しぶりに顔見知りとも話したい。そんなときは外を冒険するのが一番だ。
 居心地の良い寝床からひょいと飛び出る。大きな猫の食事置き場(乗っかると困った顔をされる)やらバタバタ音を立てる仕切りなんかを通り抜けると、変なにおいのする丸っこいものがたくさん置いてある場所に着くのだ。これに大きな猫はいつも足を突っ込むらしい。あまり興味ないけど。
 で、その奥には僕だけが出入りできる四角い通り道がある。かたんと音を立てる板を鼻先で押して外に出る。そこはもう、さっきよりもずっと明るい場所だった。遠くの明かりも良く見える。
 さて、自慢のふわふわ尻尾をぴんと立てて歩き出す。背の高い光るキノコみたいなものや、ガタガタと音を立てて何かを吐き出す大きな箱のそばを抜ける。この辺には、うるさくて速くて怖い鉄の獣なんかがいるのだ。こいつらに突進されると危ないから、この辺を歩くときはいつも高いところに登るのだ。運が良ければ鳥に飛び掛かれるし、眺めも悪くない。油の匂い、ゴミの匂い、毛皮の匂い。軽い箱、長い棒、細い足場。次々足を引っ掛け、飛び越えていく。
 やがて、大きな猫たちの住処のてっぺんにたどりついた。そこには既に何匹か顔見知りがいる。
「やあ」
「やあ。ありがとう」
三毛がチーズの欠片を僕の前に置いた。黒がくあっと欠伸をして、茶トラはこっちを見てきゅっと首をかしげる。
「ネズミ、いたかい」
「あの光る赤い箱のとこに。白の住処の辺り」
「へえ。あそこ、肉のにおいがするもんな」
しょっぱいチーズをぺろりと食べてしまうと、肉球を舐めつつ皆の話を聞く。ウトウトしているサビ柄を他所に、色んな猫が様々な話をにゃあにゃあ、みゃうみゃうと喋っていた。
 ひゅう、と冷たい風が吹く。
「うちの大きな猫が、私をせまいケースに閉じ込めてツンとするにおいのところに連れて行ったの」
「そりゃひどい」
「針、刺された?」
「ううん。針なんかあるの?」
白黒の話に灰色がぎょっと瞳(ひとみ)を小さくした。その拍子に首の鈴がちりちり鳴った。皆はふんふん頷く。
「うちの大きな猫は変な草をとってきたよ」
「私のとこのはね、私のトイレを掘りたがるの」
集会は今日も大きな猫の話題でもちきりだ。
 大きな猫。二本足で歩く、おかしな猫。どこにでもいて、なぜかふつうの猫と住処が一緒で、よく飯を取ってくる。うるさいやつに小さいやつ、頭だけ毛が長いやつに不思議な布を被るやつ。
 皆が盛り上がる中、ぶちが僕にひげを向けて言った。
「君んちの大きな猫はどうだい」
「あっ」
それで思い出して、思わず声をあげる。そういえば、あいつがずっと寝こけているのを忘れていた。うちに帰って様子を見てやらなくちゃ。
「ごめん、僕帰る」
慌ててするりと立ち上がると、誰かが首を傾げてちょっぴり舌を出した。
「そうか」
「そうなのか」
「うん」
誰も理由は聞いてこなかった。猫の集会は気楽だ。
 挨拶もそこそこに飛び降りて、硬い四角が敷き詰められた薄暗がりを走る。ちゃんと起きられるか、顔を踏んで確かめてやらなきゃ。まったく、世話の焼ける大きな猫だ。
 もうすぐ夜が明ける空の下、走るたびに僕の首の鈴がしゃりんと鳴った。

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