NAGOYA Voicy Novels Cabinet

空飛ぶういろう

ういろう

商店街に面した古い木造の和菓子屋はとても人気がある。
そこの名物はなんといっても、ういろうだ。このういろう目当てにいつでも店には人が絶えない。
そんなういろうにはある秘密があることを私はある時知ってしまった。
多分誰も信じてくれないだろう。

そう、そのういろうは空を飛ぶのである。

初めて見た時は目を疑った。でも厳然とういろうは空を飛ぶ。
ういろうは和菓子屋の勝手口から、ごみごみした狭い裏路地に出て、空に向かって飛んでゆく。屋根を超える高さにまで高度を上げると、今度はどこかに向かって飛んでゆく。ゆらゆらと、おぼつかない様子で空を飛ぶ。見ていて心配になる。

私はういろうが空を飛んでいることまでは知っているが、どこまで飛ぶか、どこに飛ぶかまでは知らない。いつも追いかけてみるのだがアクシデントなり見失ったりしてしまう。
この前は強風でどこかに飛ばされてしまい見失った。

その次の日もういろうは空を飛んでいた。しばらくして鳥に捕まってどこかへ行ってしまった。

その三日後には三つのういろうが空を飛んでいた。なるほど編隊を組めばどれか辿り着く算段か。しかしやがて黒雲が集い、豪雨に巻き込まれてどこかへいってしまった。

しかしながら来る日も来る日もういろうは空を飛び続ける。和菓子屋の勝手口から抜けて、青空に羽ばたいてゆく。
全くその理由がわからない。何故ういろうは空を飛ばねばならないのだろうか。
それを知るために追いかけてみても、そう易々とはいかない。ういろうは空を縦横無尽に飛ぶ。屋根をいくつも横切るため、地面に囚われている私には追いかけることも至難の技である。

今日も、ういろうは空を飛ぶ。雲は空一面を覆い尽くしているが、今日は雨は降らない予報となっている。却って光が反射して目立たない分鳥の餌食にはなりづらいだろう。絶好のういろう飛行日和だ。
私の読み通り、ういろうはいつもよりも遠くへ遠くへと向かう。鳥に邪魔されることも、雨に打たれて斃れることもない。追いかけるのも大変だが、なんとかついてゆく。
やがて古い街並みへういろうは向かっていった。だが残念なことに、そこで見失った。
折角今日はいつもよりも長く追いかけることができたのに、あのういろうの目的地を知ることができないのが残念に思う。
結構追いかけてしまったため、あたりを見渡すと全く土地勘のない場所まで来てしまったことを知る。どうしようかと思いながら辺りを散策することとする。わずかにこの辺にひょっとするとういろうがいるかもしれないと期待を胸に。

次第に諦めモードになり、ふと横切ったお寺が気になり入ってみることにした。込み入った昔の街並みの中にこじんまりと佇む小さなお寺。軽くお参りをして帰ろうと思った矢先、見慣れたものが目に入った。寺の端にあるお墓にういろうが備えられていた。

私はついにういろうの目的の場所を知ることができ、大いに喜んだ。そうか、ういろうはいつもここを目指していたのか!

やがて興奮冷めきらぬ私はこのういろうについて、寺の住職に聞いてみた。

聞くところによると、このお墓が無縁仏であること、そしていつも名前も顔もわからない誰かがういろうをお供えしていくことを。

そうだったのかと全て合点がいったのとともに、興奮は冷め、しかし胸が温まるのを感じた。
あのういろうは慈しむ心を持っている。そして不器用ながらにも、それを行使する心を持っている。

私は、私自身の好奇心を満たしたがそれ以上のことを教えてもらった。
むしろういろうに対して、好奇心だけを育ませていた自分自身を少し恥じた。

私はその無縁仏に手を合わせて、このお寺を去る。

いつものように和菓子屋に朝が来る。
ういろうは勝手口から今日も空へ羽ばたいて行く。

おや、今日は五つも。

モバイルバージョンを終了